2 今生の別れ
ギルドで冒険者の引退手続を終えた賢者は、日常生活の拠点である孤児院に戻って来た。
賢者は元々この孤児院の出身で、冒険で得た報酬の一部を寄付しつつ、ちゃっかり院の中に自分の部屋を作っていた。
「お帰りなさい」
賢者を出迎えたのは、孤児院の院長だ。まだ少女とも言える年齢だが、立派にここを管理運営している。
「院長、僕はこれから旅に出ようと思うんだ。さっき冒険者も引退して来た」
「え? それってどう言う意味なの?」
「言葉通りの意味だよ。もうここには戻って来ない」
突然の宣言に呆然とする院長に、賢者は何食わぬ顔で更に言い放った。
「もう他人のために頑張るのに疲れてね。これからは、誰もいない所でゆっくり過ごすつもりだよ」
「いきなりそんな事言われても困るわよ。あの子達はどうするの?」
この孤児院は現在十人の子供を預かっており、院長と雇い人二人の計三人で保育している。そこに賢者がたまに手伝う形になっていた。
「大丈夫、今回はまとまった額の寄付を渡すから。それで経営をもっと安定させたり、何なら新しい事業を始めても良いかもね」
「そうじゃなくて……はぁ。あなたはいつもそうよね」
「院長も、仕事の事ばかり考えてないで、自分のやりたい事を探した方が良いよ」
「余計なお世話よ。私は子供達と一緒にいるのが好きなの」
そこに、賢者の帰宅を見つけた子供達が駆け寄って来た。
「おじちゃん、お帰り~」
「相変わらずシケた格好してるなぁ」
孤児院の子供達は、無邪気かつ無慈悲に言葉をぶつけて来る。
その様子に、親がいない事による悲壮感は感じられない。
「形から入るのは二流以下のやる事だよ。良くも悪くも、その型から抜け出せなくなっちゃうからね。真の強者は、装備を選ばないものだ」
賢者も慣れた様子で、子供達と受け答えをする。
「ちょうど良い、みんなにも伝えておこう。僕、旅に出る事にしたんだ」
「へぇ~」
「もう会えないし、助けてもあげられないけど、しっかり生きていくんだよ」
「うん。分かった」
賢者との今生の別れも、子供達は素直に受け入れる。その様子を、院長は不安な表情で見ていた。
「さあ、みんなは中に入ってなさい。もうすぐごはんにするわよ」
「は~い!」
院長が子供達を促しながら院の中に入っていき、賢者もそれに倣って自分の部屋に戻った。
賢者が自室で私物の片付けをしていると、扉をノックする音が聞こえた。入室を促すと、院長が入って来た。
「ねぇ、何があったの? 何で急に出て行くなんて言うの?」
賢者は片付けの手を止め、語り始めた。
「魔王を倒して帰って来た僕達を待ってたのは、期待と言う名の依存だった。みんながみんな、世界中の厄介事を僕達が解決してくれると、信じて疑ってなかった」
「……」
「まったく、虫がいいったりゃ無いよね。僕達が一生、自分達のために戦い続けてくれると、本気で思い込んでるのだから」
「それで、嫌になっちゃった。と」
「うん。他人に守られるのが当たり前になっちゃってる人間に、僕はもう守る価値を見出だせない」
「そっか……」
「そうだ! 忘れてた」
賢者が指を鳴らすと、突然テーブルの上に袋が現れた。子供一人ならすっぽり包める大きさで、中には金貨がぎっしり入っている。
「これが今回の、そして最後の寄付だよ」
「こんなに?」
院長が驚いたのもそのはず、それは賢者の全所持金だった。この孤児院が現在のまま運営するならば、軽く二十年は持つ金額だ。
「それじゃ、僕はこれで」
部屋の整理を再開し、最後に捨てる物をまとめた賢者は、そのまま孤児院を後にした。




