表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第2章 共生のススメ
96/389

3.ある家族のかたち⑤ クリスマスの奇跡

◇ ◇ ◇


 クリスマスの奇跡というものは、本当にあるのかもしれない。

 そう思ったのは、寮室でレオナルドの言葉を聞いたからだった。


「え?」

「だから、お前の母ちゃん来てるってさ」


 理解の遅れるリアムにいら立ったのか、レオナルドが口早に同じ言葉を繰り返す。

 クリスマスの朝。昨日(きのう)に引き続き、どうせ今日もひとりだろうと思っていたら、どういう訳か母が来ているという。


「……どこに⁉」


 部屋の扉と挟み込むような形で、リュートはレオナルドに詰め寄った。


「だ、談話室で待ってるってさ」


 ()され気味に答えるレオナルドには目を向けず、リアムは自分の机へと駆け寄った。

 机上にある母向けの靴下を引っつかみ、レオナルドの元へと舞い戻る。そしてそのまま彼を押しのけた。


「おい、教えてやったんだから礼くらい言えよ!」


 言葉を背に、リアムは部屋を飛び出した。


◇ ◇ ◇


 バンッと勢いよく扉を()け、リアムは談話室に足を踏み入れた。騒がし過ぎたのか、室内の視線が一挙にリアムに集中する。

 広い室内に並ぶ、いくつものテーブルや椅子。そこに座る、何十組もの親子の視線にさらされてたじろいだものの、リアムは輝くような金髪――母の髪は他の人の金髪よりも輝いていると信じていた――を探して目を凝らした。

 入り口付近に、焦がれていた姿を見つけ、心が跳ね躍る。


「母さん!」


 母は壁際のソファに座っていた。リアムに向かって手を振っている。

 今すぐ行かねば(かすみ)のように消えてしまいそうで、リアムは全力ダッシュで母の元へと急いだ。

 母の隣の席にぴょんと飛び乗ると、母は頭を優しくなでてくれた。


「リアム。昨日(きのう)は来られなくてごめんね」


 向けられる(ほほ)()みがくすぐったい。

 そしてふと、熱を出していたという妹の様子が気になった。が、


(母さんが来たってことは、大丈夫か)


 妹のことを持ち出して、せっかくのふたりきりの時間に水を差すこともない。

 頭に()れる手の感触を、十二分に堪能する。

 と、母が確かめるように、手のひらでぽんぽんと頭をたたいてきた。


「久々に会ったからかしら。なんだかリアムが大きく見えるわ」


 気づいてもらえたのがうれしくて、リアムは鼻高々に答えた。


「へへ、僕また背が伸びたんだよ。クラスで一番高いんだ」

「そうなの。これからが楽しみね」


 母に言われると倍うれしい。


(やっぱオトコは背が高くなくっちゃ!)


 揚々と握った拳から伝わる感触に、思い出す。


(そうだ、忘れてた)


 リアムは靴下を握っている右手を差し出した。


「メリークリスマス、母さ……あれ?」


 眼前の靴下に違和感を覚える。お菓子をいっぱい詰めたはずなのに、靴下はぺたんこだ。


(これ、母さんのじゃない!)

「どうしたの?」


 目をぱちくりする母を見上げ、リアムはソファから立ち上がった。


「靴下間違えちゃった。母さん、ちょっと待ってて。すぐに母さんの靴下取ってくるから!」

「慌てなくていいわよ。ちゃんと待ってるから」


 そうはいっても、取りに行った分だけ母との時間が減る。

 リアムは急いで談話室を出て、廊下を駆け抜けた。


(僕ってば、なにやってるんだ!)


 せっかくプレゼントを渡して驚かせようと思ってたのに、台無しだ。


(とにかく早く寮室に戻って――)


 どんっ、となにかにぶつかり尻もちをつく。目に入った両足から、誰か先生にぶつかってしまったらしいと分かり、リアムは立ち上がりながら謝罪した。


「すみませ……」


 言葉が途切れる。顔を上げて目が合ったのは、父だった。


「すみません、学長」


 廊下は走るなと叱られるだろうか。どぎまぎしながら立ちすくむ。

 父はリアムと視線を交わした後、


「君はいつもなにかを落とすな」


 リアムの足元へと視線を落とし、静かに告げた。


「あ……」


 落ちていたのは、母用のものと間違えて持ってきてしまった、リアムの靴下。

 リアムは、履き口から飛び出たノートの切れ端に目を()めて、ぎょっと目を見開いた。そういえば、サンタへの手紙を入れたままだった。

 慌てて拾おうとするも、やましい思いが伝わったのか、父がさらうようにして靴下を拾い上げた。

 リアムの顔が、さあっと青ざめる。


「あの、それは、その……」


 父は無視して紙を取り出し、文面に目を通し始めた。


(ど、どうしよう……)


 妹を追いやろうとしたなんて知れたら、一体どんな顔をされるだろう。

 怖くて仕方なくて、リアムはうつむいた。なんて馬鹿なことを書いたんだろう。

 リアムを裁く言葉が、頭上から届く。


「誰だね、このセルウィリアというのは」

「……え?」


 不意打ちも不意打ち、考えていたどのパターンにも当てはまらない言葉に、リアムの思考回路は停止した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ