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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第2章 共生のススメ
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1.共生暴力⑧ どうして鬼を殺すの?

 途方に暮れていると、背後から足音が響いてきた。

 それは近づきリュートを素通りすると、そばに落ちていたバッグに落ち着いた。


「やっと、追いつい、たっ……」


 バッグを拾い上げたのは、DAG(ダッグ)の女だった。さっき別れた時と同様、マスクはしていない。たぶん美人の部類に入るのであろう顔を酸欠にあえがせ、呼吸を整えている。

 リュートは地面に伏せたまま、女を見上げた。


「いいタイミングだな、ひったくり捕まえたぞ。警察呼んでくれ」


 警察という言葉に男が身じろぎするのが、拘束を通して伝わってくる。

 しかし女は(しゅん)(じゅん)するように目を泳がせ、動こうとしない。

 リュートは思い当たって、彼女の考えを拾った。


「ああそうか、警察は嫌なんだったな……まあバッグは無事だし、君にその意思がないなら別に構わない。俺だって()(けん)さえ返ってこれば、それでいいし」


 目でバッグを指し示し、()(けん)を返せと暗に促す。

 が、彼女はその言葉にすら耳を貸さず、一方的に口を(ひら)いた。


「あなたは、どうして鬼を殺すの?」

「鬼を排除するのが俺たちの役割だ。それはカルテンベルクの誓いで、地球人が求めたことでもある」


 教科書を暗唱するかのごとく、リュートは答えた。

 鬼は排除すべき存在。当たり前の認識だ。

 女はその当たり前の認識に、真っ向から挑んでくる。


「命が絡んでるのに、役割とかでごまかさないで。あなたはなにも感じないの? 鬼を殺す時、なにも思わないの?」


 別に殺すわけじゃない。

 と言えたら、少なくともこの場は収まるのかもしれない。

 ()(しん)は仮にも神であった存在。リュートたち(しん)(ぼく)には、彼らを(めっ)(さつ)するまでの力はない。この場で排除したとして、また時を置いて、別の場所に(げん)(しゅつ)するだけだ。

 だがそれは明かせない事実だ。DAG(ダッグ)のような一部の例外を除き、地球人は鬼の撲滅を望んでいる。それが(わたり)(びと)には不可能と知れれば、(わたり)(びと)を受け入れる理由のひとつが消えてしまう。


「なんだお前、(わたり)(びと)地球人(オレたち)(まも)るために鬼を狩ってるんだぞ? 矛先が違うだろ! お前は一体何様だ!」

「ややこしいからお前は黙れ」


 なぜか怒りだす男を締め上げながら言葉を探し――締め過ぎたのか、男がぐぎゅっと声を上げた――リュートは結局、当たり障りのない建前を返した。


「たとえ感じたとしても関係ない。俺たちの優先順位は地球人だ」

「恩着せがましい言い方はやめて! あなたたちは自分の権利を確保するために、私たちにこびて鬼を殺してるだけでしょ!」


 声を荒らげる彼女。力んだのか、握ったバッグの持ち手に(しわ)が寄る。


「あなたたちには心がないんだわ。自分たちを異世界の人間だって――私たち地球人と同じ人間だって言い張ってるけど、全然違う。私たちには心がある。あなたたちの根幹は醜くゆがんでる。心なんてない」

「……そうかもな。君には、心ない俺たちの言動は理解不能かもな」


 徹底的にこき下ろされ、いら立ちが募っていく。

 どうしても抑えきれず、リュートは挑発気味に続けた。


「でもそれなら、君はどんなご立派な心をもってるんだ? 大して害もない虫を、君らだって殺すだろ。どんな気分で殺すんだ? 教えてほしいね、()()()


 彼女の顔が、さっと朱色に染まる。


「……そういう問題じゃ、ないでしょっ。やっぱり冷酷種族には分からないのよっ!」

「ちょっ……おい待て()(けん)は置いてけ! おいっ⁉」


 駆け去っていく女の背中に呼びかけるも、反応はない。

 さらには、彼女に気を取られて拘束が緩んでいたらしい。男がぐるんと反転し、逆にリュートが押さえつけられる形となった。


「馬鹿、おとなしく――」


 しろ、と言う前に、男の肘がリュートの腹を押し潰した。


「……っ!」


 たまたまなのだろうが傷口をえぐられ、身もだえするリュート。

 その(すき)に男は立ち上がり、


「悪いっ、もうしないから見逃してくれ!」


 女が去ったのとは反対方向に逃げていく。


(フリークなら、守護騎士(ガーディアン)をいたわれよ……)


 毒づき、リュートは腹を押さえて身を起こした。両者正反対の方向に逃げたので、捕まえるならどちらかを諦めなければならない。

 もちろんリュートは()(けん)の回収を選び、女を追おうと足を踏み出した。

 そして背後からタックルを受け、そのまま盛大にこけた。


「はがっ⁉」


 地面に打ちつけた鼻が痛むが、なにより腹を締め上げられるのが傷に響いた。誰かが――恐らくはタックルを決めてきた誰かが――リュートの腰に両腕を回し、しっかりと抱きついている。


「なんなんだよさっきからっ⁉」


 駆け巡る痛みに涙をにじませ、リュートは自分にのしかかっている相手を振り返った。

 それは少年だった。それもかなり幼い、10歳にも届いてなさそうな男児だ。

 彼は興奮しているのか、顔を紅潮させ、しきりに「やった」と繰り返している。


「やった! 守護騎士(ガーディアン)を捕まえたぞ!」


 歓喜の声に合わせ、ぎゅうっと締めつけが強くなる。


「いだだだだっ! (いて)え! 離れろ馬鹿!」

「お前弱いなっ。離れてやるからシモベになれよ! 僕がご主人様だ!」

「あ? お前なに訳の分かんねえこと――」

「シモベだぞっ!」

「分かった(しもべ)だ! (しもべ)でいいからマジそこやめろぉっ!」


 閑散とした地下道に、リュートの悲痛な叫びが響き渡った。


◇ ◇ ◇

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