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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第2章 共生のススメ
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1.共生暴力⑤ 慌てて笑顔を取り繕った。

「ちょっ⁉」


 反射的に受け身を取り、瞬時に後悔が押し寄せる。

 硬いアスファルトにたたきつけられるのは()けられたが、転がったせいで、車道のど真ん中に飛び出していた。


「※○☆◆▽っ⁉」


 声にならない悲鳴を上げ、歩道と思われる方向へ――視界が回転した後で方向感覚も定かではなかったが――とにかく全力で転がり戻る。

 なにかに背中をぶつけて止まったところで、眼前を、大型トレーラーが重低音を響かせ通り過ぎていった。

 顔面(そう)(はく)で、アスファルトに横たわったままそれを見送る。


(しゃ……(しゃ)()になんねえっ……)


 しゃっくりのように引きつった呼吸を繰り返しながら、身を起こすリュート。どうやらぶつかったのは街路樹のようで、リュートが倒れていたのは車道の端だった。


「っ()ぇ……」


 立ち上がり、リュートはふらふらと歩道に戻った。ぶつけた背中よりも腹の方が痛かった。傷口が(ひら)いていなければいいが。

 戻った歩道に()(しん)の姿はもうなかった。()(けん)だけが、歩道に血をまき散らした状態で取り残されている。

 認知したところ次元のゆがみも解消されているし、無事排除できたのだろう。

 と、女の姿が目に()まる。

 彼女は自分が引き起こした事態に驚いたのか、長い黒髪の一房を頰に張りつかせて(ぼう)(ぜん)としていた。

 しかしリュートと目が合うと、


「じょ……冗談やめて。被害者を装おうったって、そうはいかないんだから!」


 などと口早に言い放った。

 ビキィッ――とこめかみの辺りに引きつりを覚え、リュートは女の前に、ずかずかと進み出た。


「おいあんた!」


 こちらの勢いに負けじとにらみ返してくる女に向け、まくし立てる。


「生きる権利は誰にでもあるっつったな⁉ 今俺の生命権が著しく脅かされたぞ! それについてはどーなんだっ⁉」

「自業自得よ!」

「設定ぶれてんぞ博愛主義者!」

「あなたが吹っ飛び過ぎなのよ! もっと根性出して踏ん張りなさいよ!」

「地球人の尺度で考えるな! (わたり)(びと)の体重は軽いんだよ!」

「私が重いって言いたいわけ⁉」

「違うそうじゃねえしそうだとしてもどーでもいいっ! 俺は、主義主張を通したいならそれなりの筋を通せと言ってんだよ!」


 右腕を横に振って言い募る。危うく殺されかけたことで、だいぶいらついていた。


「いいか、俺らの守護対象にはあんたらも含まれてんだ! 正直こんな()()か――」

「リュートっ!」


 歯止めを失った言葉が、テスターの叫びに遮られる。普段あまり聞かない、鋭く(けん)(せい)するような声音に、上りかけた血が一気に下がる。

 振り返ると、テラスからテスターとセラが、緊張した面持ちでこちらをうかがっていた。


(や……っちまった)


 冷や汗が頰を伝う。

 守護騎士(ガーディアン)の制服を着て、往来の真ん中で、地球人に罵声を浴びせてしまった。

 恐る恐る、目だけで周囲を見渡し様子を探る。ぱっと見、撮影されてはいないようだが……

 何人かはこちらに、侮蔑的な顔を向けていた。

 そこまではいかなくとも、眉をひそめたり、友好的とは程遠い表情を浮かべたりする地球人なら幾人も。

 リュートは慌てて笑顔を取り繕った。


「あ……え……っとですね」


 後頭部に手を当てて改めて女を見返し、へらへらと続ける。


「こちらとしましては、盤石な安全保障体制を築くために、地球人の皆さまにもご協力いただきたいわけですよ。もちろん、DAG(ダッグ)の皆さまの主義については存じておりますし、我々もそのご高潔な考えには、内心敬服いたしております。しかし我々の鬼への対処は、実情を踏まえたものであるということも、ご理解いただきたいわけでありまして」


 下手に出ても女の表情は緩まない。

 どころか、よりいっそう目がつり上がったような気もする。

 落ち着かなく動いた足先が、歩道の上の()(けん)を小突く。放置したままだったと思い出し、リュートは回収のため腰をかがめた。


「そのあたりにつきましては今後とも交渉を重ね、不断の努力をもって信頼を得ていこうと、我々も考えている次第で――」


 拾い上げる直前、さっと()(けん)をかすめ取られた。


「へ?」


 顔を上げた時には、女はこちらに背を向け走りだしていた。


「なによ野蛮種族! こんな物捨ててやる!」


 という()()(りふ)を残して。


「あれ?」


 めっちゃよいしょしたのに、なんで?

 そんな思いを(いだ)いた瞬間、さらなる罵倒がリュートを襲った。


「馬鹿リュート!」

「なにやってんのよ! 早く取り返して!」


 口々に叫び、テスターとセラが女の後を追おうとする。しかしテーブル周辺にたむろしている客が邪魔で、抜け出すのにてこずっているようだ。

 と、ようやく理解する。


「! ぉあああっ⁉」


 両手をひくつかせ、叫ぶ。ごまかすのに必死になり過ぎて、当然示すべき反応を忘れていた。


「おいこら! 俺の()(けん)返せえぇぇぇっ!」


 リュートは腹が痛むのも無視して、全力で駆けだした。


◇ ◇ ◇

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