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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第2章 共生のススメ
78/389

1.共生暴力④ DAG

「やめなさい極悪非道の虐殺者っ!」


 突如、背後からかかる制止の声。

 無論、本来であればやめるはずがない。

 しかし、こちらが従うのを疑わない、あまりに頑然とした命令口調――まるでどこぞの女神を(ほう)彿(ふつ)とさせる――に、うっかり気が散り(やいば)も散った。

 ()(しん)から放たれる拳。

 対してこちらの手には、相手に()れることすらかなわない、ただの鉄棒に格落ちした()(けん)


「うへあぁっ⁉」


 自分でも驚くような反応速度で、腰を落として足を滑らせる。

 ()(しん)の股下をスライディングで通り抜け、身を起こしながら振り返るリュート。手はすでに、二刃目を作ろうとカートリッジに伸びていた。が、


「やめなさいって言ってるでしょ!」

「ぅおっ⁉」


 ()(しん)に向けたはずの目は、なぜだか女とかち合った。

 それもそのはず、()(しん)身体(からだ)に溶け込むようにして、マスク姿の女が顔を突き出していた。

 ()(しん)は女神や、その因子をもつリュートたち(しん)(ぼく)を除き、この世界のものには()れられない。世界の(はざ)()から存在を割り込ませているだけだ。だからこのように、透過して地球人と重なること自体は不思議でもなんでもない。

 しかし、()(しん)が顕現する可能性が皆無ではないというのに、こうまで豪快に()(しん)に接する地球人は初めて見た。

 ……もし今、この瞬間に顕現したらとは考えないのだろうか。


「ちょっ……危険ですからどいてください!」


 むしろリュートの方が恐ろしくて――女本人がどう思っていようが、地球人を危険にさらすわけにはいかない――、()(けん)を具現化させつつ呼びかける。

 しかしマスク女は応じるどころか、唯一顕示できる目元だけで怒りの表情をあらわにし、反発してきた。


「危険なのはそっち! いきなり暴力なんて……鬼がいつ私たちを危険にさらしたっていうのっ?」

「俺今結構危険ですけどっ!」


 つか邪魔!

 喉元まで出かけた言葉をのみ込み、リュートは大きく身を引いた。()(しん)の蹴り足が空を切る。

 女が重なっているため、()(しん)の動きが読みづらい。その上、女が邪魔で斬ることもできない。

 さらにはわざとなのか、彼女は動く()(しん)を追うかのように、自身もその身を移動させている。


「あなたが狩ろうとするからでしょ! それに地球人を(まも)るためとか言うけど――ほら見て、私は今安全よ!」


 安全を叫ぶ女の胸元から伸びた爪を()(けん)で打ち払い、己の腹から届く引きつった痛みに顔をゆがめる。すぐに終わらせるつもりだったのに、予想外に長引いている。

 女の口上は続く。


「鬼だって生きてる、誰にだって生きる権利はある。なのにあなたたちは、どうしてそう残虐なの⁉ もっと博愛の精神をもちなさいよ!」

(あーもーうっせえな!)


 だんだん分かってきた。

 リュートの推測を裏づけるように、彼女が肩に下げた大きなトートバッグが目に入る。

 帆布生地の内側に、隠すように付けられた缶バッジ。やたらポップにデフォルメされているが、(えが)かれているのは()(しん)だった。赤い《()》から大粒の涙を流している。


鬼擁護団体デーモン・アドボカシー・グループ――DAG(ダッグ)!)


 その名の通り、()(しん)――鬼の生命権尊重を訴える組織だ。缶バッジの絵柄はDAG(ダッグ)を示すマークでもあり、要注意団体として訓練校でも教わる。


(こいつもその一員ってわけか)


 であれば、容易には説得できないだろう。

 気づかれないよう舌打ちし、リュートは左へサイドステップを重ねた。車道すれすれまで移動したところで止まり、腰を落として()(けん)を構える。

 リュートの動きに()(しん)は当然付いてきた。だが女は反応が遅れ、()(しん)との重複が、一時的に解消される。


(よし!)


 踏み込み、()(しん)(した)(あご)から突き上げるようにして()(けん)を刺す。

 同時に吹き出す()(しん)の体液から身を(まも)るため、強く地面を蹴――ろうとし、


「なにしてんのよ⁉」


 悲鳴じみた声とともに、()(しん)身体(からだ)を突き抜けて女の肩が張り出してくる。


「は?」


 全力のタックルに、リュートはどんっ、とはじき飛ばされた。

 車道に。

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