表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第1章 神苑の守護騎士
61/389

6.守護騎士失格⑦ 死をもって償うべきだ。




 ……身体(からだ)が動かない。どころか、考えることすらままならない。ただ白濁とした意識の中で、自分が支配されているという感覚はあった。

 自我が侵され、支配者の意識に染まっていく。もうすぐ『自分』は消失する。おぞましいことのはずなのに、むしろそれを渇望してしまうのは、すでに消失が始まっているからか……


 …………そんなの、認められるかっ!

 彼はあらがった。消えゆく意識をかき出し、己を見つけ、しがみついた。侵略者は彼から大切なものを奪い去り、今度は彼自身をも奪略しようとしている。


 ――ゆる、さない……ろしてやる。殺してやる!

 激情は存在への(くさび)となった。(かろ)うじて残る意識の中、(のろ)いの言葉を吐き続ける。それが己の(あか)しとなるように。


 ――殺してやる。殺してやる。絶対に殺してやるからな……女神……っ!




 ぱっと闇が晴れ、場面が変わる。

 目に入ったのは、暖色の光に照らされた、石張りの床。硬く冷たい感触が、頰に伝わる。


(ああ。また、この夢か……)


 うつぶせに倒れたまま、うつろなまなざしで漠然と感じる。だが同時に、それを知らない自分がいる。夢の中の自分は、夢であることを知らずに『現実』の時を刻む。

 リアムは喉をこじ開け、か細くしわがれた声を絞り出した。


「畜生……女神なんて、大嫌いだ……母さんを返せ。セルウィリアを返せよ……」


 床に爪を立てようとし、痛みが走る。無抵抗に曲がった指には、爪が残っていなかった。

 ただれた喉奥からは血の味が込み上げる。なにかで洗い流したかったが、唯一与えられる飲み物は役に立たない。栄養価は高いらしいが(から)みが強く、そもそもそれが喉を()いた。


昨日(きのう)前進したかと思えば、また後退か」


 深いため息と、落胆の声。

 顔は見えない。顔を上げる気力もないリアムには、眼前にそびえ立つ足しか見えない。


「君は(しん)(ぼく)の連帯を乱した。女神様に歯向かい、非常に罪深い事態を引き起こした。おいそれとは受け入れられない――死をもって償うべきだ」


 言葉に重みを増すためか、自身でその重みを()みしめているのか。

 声の(ぬし)――セシルはしばしの間を置いて、後を続けた。


「……しかし私とて、お前を失いたくはないのだ、リアム――だから……改めなさい。その汚れた考えを。心から悔い改めて、やり直しなさい」

「女神なんて……」

「女神様」


 淡泊な訂正とともにセシルの足が浮き、下ろされる。血まみれの手――その指先に。


「ぅぁ……」


 痛い。


「よいか、リアムは死んだ。今からお前はリュートだ」

「リュート……?」


 聞いたことがある。それはリアムを身ごもった際、母が考えていたリアムの名前だ。


「復唱しなさい――(まも)るべきは、個でなく世界」

「…………」

「復唱しなさい」


 セシルが足をひねる。硬い靴底に指が押し潰された。痛い。


「さあ」

(まも)るべきは、個でなく世界……」

(しん)(ぼく)よ、女神様のために()れ」

「女神様の、ために()れ……」


 痛い。

 どうしようもなく痛い。痛いのが嫌で、結局いつも女神を(あが)める。母と妹を殺した女神を。


 鼻の奥がつんとする。喉は渇きを訴えているのに、顔は十分過ぎるほど涙で()れているのに、それでもなお流れ出てくる。際限のない後悔のように、止まらない。

 痛みに負けない心が欲しい。


 気が遠くなる。視界がまた暗くなる……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ