5.自民族中心主義⑨ いいねいいね、いい感じ♪
最初に打ちかかってきたのは兵士A。見栄を重視した大振りの一撃をかわし、手刀で武器をたたき落とす。
同時に攻めてきたBとCは身をかがめてやり過ごした後、首筋を順繰りに手刀打ちする――ふりをした。この手法で実際に昏倒させられるかどうかは別として、劇の演出としては十分だろう。
最後に襲いかかってきたのは敵兵士D――つまり凜だった。
(最後の一撃だけ、食らうんだったよな)
嫌な予感がしつつも、よけ損なったふりをして一撃を待つ。
凜は剣を――振るうのではなく、蹴りを入れてきた。いわゆる男性の急所を狙って。
「っておい!」
とっさに左腕を差し出してガードする。どのくらい本気だったかは、腕に伝わるしびれで知れた。
「お前、なんつーゲスい……」
冷や汗をかきながら一応は演技を続けて、床に崩れ落ちる。
「いいねいいね、いい感じ♪ 次行こうか。牢屋で、姫と騎士が話す場面。今日は感覚つかむだけでいいからね。さらっと行くよ」
事がうまく運んでうれしいのか、江山は気にせず指示を出す。
毛ほどにも心配の色を見せない彼女に多少ぞっとしつつも、リュートはおとなしく従った。なんでもいいからとにかく早く、自分の場面を終わらせたかった。
姫役の女子生徒が舞台スペースに入ってくると、敵兵士Aが荒縄でぐるぐる縛り始めた。リュートの方も、敵兵士Bがやってきて縛り始める。
「あ、おい。マジで縛るのか?」
「とーぜん」
くだらない質問をされたとでもいうように、江山がふんと鼻を鳴らす。
だがリュートも焦っていた。
「ふりじゃ駄目か? もし鬼が出たら困るんだけど」
「そのときはすぐほどくから」
「いやでも――」
「ごちゃごちゃ言わない! 男でしょ!」
「男は関係ないだろ」
「じゃあ守護騎士! くせ毛! チ……小柄!」
「ますます関係ねえしもはやただの悪口だろそれ」
若干青筋立ててにらみつけるが、江山は華麗に無視を決め込む。
結局リュートは腰に下げた緋剣ごと、荒縄で縛り上げられてしまった。
凜はその姿を一瞥すると、
「ちょっと緩いんじゃない? もっと、こうして……」
「痛っ」
ぎりっと締め上げ、さらに縄を巻いていく。
さすがに堪忍袋の緒も切れかけて、リュートは縛られたまま凜に詰め寄った。
「角崎! お前いいかげんにっ……」
「は? なにが? こっちは真面目に劇練してるだけなんだけど。場を乱さないでよね。空気読め」
「ぅわっ⁉」
どんと押され、床に倒れ込むリュート。
「地球人と仲良くなるのも仕事なんでしょ。まあ頑張って」
凜は舌を出し、舞台スペースから出ていった。
「……っんと、いらつくやつだな」
聞こえないよう小さく毒づき、あぐらをかく。不機嫌な様子を隠そうともしないまま、リュートは江山に催促した。
「ほら準備できたぞ。早く始めろ」
「そうだね。じゃあ――」
「おいみんなっ!」
江山の声を遮り、扉から男子生徒が駆けこんでくる。彼はよほど伝えたいなにかがあるのか、もどかしげに舌を動かして声を発した。
「今、すぐそこの大盛り食堂に、テレビ局が取材に来てるらしーぞ! 芸能人もショッボいやつとかじゃなくて、歌手の――」
(息を切らして、伝えたいことがそれかよ)
何事かと浮かせかけていた腰を戻し、リュートがあきれていると。
「え、誰? 誰が来てんの?」
「待って待って、私も行く!」
「こういうのって、サインもらえたりするのかな?」
「みんな芸能人来たくらいで騒ぎ過ぎ!」
「じゃあ行かないの?」
「ううん行く!」
「は? え? ちょ、おいっ⁉」
あんなに張り切っていた江山も含めて、室内の生徒はみんな出ていってしまった。姫役の生徒に至っては、縛られたまま器用に走っていった。
クラスメート以外の生徒たちも大盛り食堂とやらに向かったのか、先ほどまで廊下から届いていたざわめきも、一切なくなっている。
ひとり教室に取り残されたリュートは。
「時間もないんだから、真面目に取り組むんじゃなかったのかー」
一応の言葉を投げやりに吐いた。
「ったく」
肩をすくめようにも、縛られたままではそれすらできない。自力で解けないものかと身じろぎし――
「……嘘だろ」
次元がずれた。しかも感じ取った座標は、すぐ近く。というより、目で見える範囲。
というか、目の前。
「……最悪」