5.自民族中心主義⑧ 頑張ってなんとかして。
◇ ◇ ◇
「君主に刃を向けるは騎士の恥。だがしかし、私は姫をあ……愛してしまった。己の首を差し出すことはいとわない。だが、姫だけは、この命に代えても護ってみせる……」
「天城くーん、もうちょっとなんとかならないかな? ぎこちないよ」
(なるかよこんな歯の浮くような台詞。寒過ぎんだろ!)
左手の台本を床にたたきつけ、右手の剣を投げ捨てる――という衝動的行為を、なんとか脳内シミュレーションだけにとどめ込む。
ふたつの多目的室を隔てる可動式の壁。それを取り払って、ひとつにつなげた大部屋で。
机を後ろに集めて生み出した空間を使い、リュートは立ち稽古を(半強制的に)行っていた。
といっても、今さっき配役された状態でろくに演じられるわけもなく、台本読みしながら漠然と動いているだけだ。
「もうちょっとこう……硬派で真摯な感じで。それじゃあ下手くそな結婚詐欺師みたいだよ」
舞台スペースの外からチェックを入れてくる江山に、リュートは言葉を濁しながらも食い下がる。
「でも俺はその、こーいうのはちょっと……」
「なによ、天城君だって騎士じゃない。守・護・騎・士。同じ騎士として、シンクロするものがあるでしょーに」
「それは日本のマスメディアが作った造語で、日本だけの呼称だ。世界的にはガーディアン――騎士なんて一言も出てこないぜ」
「かもしれないけど、助演出の角崎さんと協力してせっかく作った役なんだから。協力してよね」
リュートは同じ舞台上にいる、敵兵士D兼助演出の凜を、ぎんっとにらみやった。彼女は公開処刑中のリュートを、心から楽しそうに見ている。
「まあいいや、急に決まったしね。練習して、明日には台詞も覚えてきてね。じゃ次。殺陣のシーンやってみようか」
切り替え早く仕切っていく江山に、リュートはほっと息をついた。
取りあえずこの場はしのげたらしい。ページをめくり、段取りを目で追う。
(殺陣なら打ち合わせ通り動くだけだもんな。こっちの方が楽だ)
「じゃ、みんな。天城君を襲って」
「ちょ、ちょっと待てっ」
慌てて制止をかける。台本のト書きを指さしながら、
「ここ、数人の兵士に襲われるってあるけど、どう襲われるか書いてないぜ」
「んー。適当かな」
「は?」
江山が困ったように顔を傾ける。
「だから、その時その時で、適当に襲うから。頑張ってなんとかして。そっちの方がリアルでしょ?」
「無茶言うなよ! 間違って地球人に怪我でもさせちまったらやばいんだよっ!」
「そこがいいのよ。いい? 騎士は姫を護るために味方を裏切ったけど、かつての仲間と戦いたくはない。少しも傷つけずにその場を乗り切ろうとするの」
「いや無理だろそこは割り切れよ騎士!」
「これも角崎さんの案なんだ。リアリティーあるよね♪」
ぎんっと再び凜をにらむ。
彼女は目立たないようにしながら、笑って中指を立てていた。侮辱的な意味をもつ仕草に違いない。
(あいつのクズっぷり、言い触らしてやろうか……)
「ちょっと天城君っ、ぼけっとしないでほらいくよ!」
(なんで俺がこんな目に……)
議論しても勝てそうにないので、リュートは仕方なく、江山へと了承のまなざしを送った。凜には取りあえず、心の中で中指を立てておいた。
「はい、じゃあ始めるよー。みんな遠慮なく天城君を襲って」
江山の(容赦ない)合図で、舞台上の敵兵士A~Dが小道具の剣を手に襲ってくる。
リュートも同じ剣を片手に、腰を落として迎え撃つ体勢を取った。玩具の剣は緋剣よりも長さがあったが、それに反して軽量で、柄を握る手に感覚的な齟齬を伝えてくる。
(まあ、使わないから関係ねーけど)
台本は適当に投げ捨て、剣を左手に持ち替える。