1．守護騎士来校⑤ やってることは生きてる盾だ。
「そうか。今後は滑らないよう気をつけろよ」
そう言って席を立つにとどまった。
リュートの反応に生徒たちが不服であるのは、ちらりと顔を見ただけでも知れた。そろいもそろって落胆の色を見せている。
派手な展開を期待していたのは少女も同様らしい。彼女は拍子抜けしたように、ぽかんと口を開けていた。
なるべく平静を装って、教室後方の扉へと向かうリュート。貴重な休み時間だ。静かな場所で過ごしたい。
「だから、なんなのよその態度！ 同い年のくせに――生かしてもらってるくせに偉そうにっ！」
軽くあしらわれたことで、恥をかかされたと思ったのかもしれない。背後からかかる怒声には、羞恥の色が濃く表れていた。顔を見ればより顕著にそれがうかがえたのかもしれないが、さすがに確認する余裕はなかった。
バシッと音を立てて、なにかが床へとたたきつけられる。
――少女のペン入れ。彼女が怒りのままに投げつけてきたそれを、リュートが振り向きざまにたたき落としたのだ。
周囲から感嘆の声が小さく上がる。
……実をいうとただの偶然だった。
少女の言葉が腹に据えかねたので振り向いたら、なにかが目前に迫ってきていた。だからとっさにたたき落とした。
それだけだ。生徒たちは勝手に『守護騎士が背後の気配を察して、飛来する物体を見事にたたき落とした』とでも解釈しているのかもしれないが。
とはいえ彼らの勘違いを正す義理はないし、丁寧に解説することでもない。
リュートは素知らぬ顔で、さりげなく視線を這わせた。今度こそはとなにかを期待するまなざしが、ちらほら見受けられる。
（なにを期待してるんだよ、こいつらは……）
いいかげん我慢の限界だった。むかつく最大の原因はセシルだが、ちくちく肌を刺す視線にもうんざりである。
口を開くと、言葉は勝手に流れ出た。
「渡人は全身全霊、その命に懸けて、鬼の撲滅に臨まなければならない」
視線に濃さというものがあるならば、今自分に集まっている視線は、これ以上ないくらいの濃度をもっていただろう。恐らくはこの場にいる者の多くが、リュートの言葉を激しく求めている。
しかしリュートはあえて、排斥派の少女だけを見据えて続けた。
「渡人はたとえわずかにでも、地球人を鬼の危険にさらしてはならない――カルテンベルクの誓いの一部だ。要は命懸けで鬼を狩り、身体を張って地球人様を護れってことなんだけど」
言葉を切って肩をすくめる。
「こんな誓いじゃ、奴隷宣言とか揶揄されても仕方ないよな。守護騎士なんて気取った呼称もらっても、やってることは生きてる盾だ――いやまあ、ちゃんと排除もするけどな。万が一のとき、地球人ひとりのために渡人が何人死んでも構わないってのが、基本スタンスだ」
自分で言って陰鬱な気分になり、リュートは大きく息を吐いた。
「渡人がここまで卑屈になってるってのに、君はなにが不満なんだ？ 俺に這いつくばってでもほしいのか？」
少女は答えず、こちらをにらむように見返している。ただリュートの視線を真っ向から受け止めきれず、少しばかり瞳が揺れていた。当人は気づいていないかもしれないが。
リュート以外は口を閉ざしているため、耳に届くのは廊下の雑談くらいだ。静まり返った教室に、さして大きくもないリュートの声が響く。
「例えば――あり得ないことだが――例えば鬼が知性をもったとして、こう言ったとする。『渡人全員が這いつくばって土下座をすれば、もう二度とこの世界には現れない』――俺たちはコンマ１秒すら迷わず、這いつくばって土下座する。だけど君が嫌がらせで命令したところで、俺はなにがあろうと絶対に這いつくばらない」
ひとりしゃべり続けることで、少なからず興奮していたらしい。知らぬうちに握っていた拳を解き、リュートは改めて少女をにらみやった。
「いいか。どんなやつでも、地球人である以上は全力で鬼から護る。だけど必要以上に下手には出ない」
少女の顔は、いつの間にか真っ赤になっていた。唇を震わせながら、なにかを言いたげに口を少し開けている。が、なにも言わない。
「――そしてもちろん、君と敵対するつもりもない。滅殺できない相手への敵愾心なんて、もたない方が気が楽だぞ。お互い平和的にいこうぜ」
「…………」
悔しそうにこちらをにらみつける少女ににやりと笑いかけ、リュートはくるりと背を向けた。誰もなにも言わない。
そのまま教室の外へ向かい、そして。
次元が――
――ずれた。
「――っ！」
認識した次の瞬間には、リュートはもう教室の外へと飛び出していた。
「くそっ、少しくらい休ませろよな！」
そんな毒づきだけを、教室に残して。
◇ ◇ ◇
