5.リバースデー⑫ 今しかないのだ。
◇ ◇ ◇
腹を裂かれた堕神が消滅する。その代償は覚悟していた。
だけど左腕に走った痛みは想定外だった。
「っ⁉」
目だけで振り返ると、先ほど斬り殺したと思っていた堕神が、リュートの腕をつかんでいた。ギリギリと、爪が肉に食い込んでいく。
「っ……!」
正面ではもう1体の堕神が腕を振りかぶっている。振りほどいている余裕もない。
(あいつは言ったんだ。俺がやり遂げれば、やり抜くって……全てを懸けてやり抜くと、約束した)
後ろへ引きずられようとする左腕にあらがうため、ダンッと足を踏み出し身体を前に動かす。左肩口に痛みが走った。
「だからこそ俺が、こんなとこで……」
ぶちぶちとなにかが切れるような感覚に、むしろ溺れるようにして。
「ぶっ倒れるわけには……いかねえんだよっ!」
前へ前へと、緋剣を振るった。
◇ ◇ ◇
大切な誰かは、創り上げるものではない。
それだけを気づくのに、どうしてこんなに時間がかかってしまったのだろう。
自分は全能ではない。
万能ですらない。
大きな過ちも犯した。
けれども自暴自棄で世界を巻き込むよりも、やるべきことがあるではないか。
祈る相手がいなくても。懺悔を受け止めてくれる者が存在しなくとも。
やり直すなら今しかないのだ。
幾千万年積み上げた過ちを清算するため、メルビレナは力を解放した。
◇ ◇ ◇
夜明けはもう近い。
訓練校にたどり着くなり、セラは車を飛び出した。並走してくるテスターと共に、作戦本部へと向かう。
「セラ、気づいてるか?」
「当然」
訓練校に着く少し前から感じていた。空気が変わったと。
そしてそう感じていたのは自分だけではないと、ここに来て確信した。
『こちら第2班! 複数座標において、堕神の自動消滅を確認!』
『こちら第1班! 同じく自動消滅を確認!』
堕神消滅の報告が飛び交う中、守護騎士たちが歓声を上げている。
「これって……」
「女神様が、やり遂げてくださったのだ」
分け入ってきた声に振り向き、セラはぎょっと目を見開いた。
声で誰かは分かっていた。だからいつもの、潔癖で威圧的な姿を思い浮かべていたのだが……
そこに立っていたのは、所々負傷して泥臭く汚れた、守護騎士姿のセシルだった。
「あなたも現場にっ……⁉」
言いながら、セシルの全身に目を走らせてしまった自分に驚く。まるで大事はないか、気にしているみたいではないか。
「現場に出ていたら悪いのかね?」
「そういうわけじゃないけど……」
「学長、それでリュートは?」
手早く情報を得ようとするテスターに、セラもはっとして便乗した。
「そうよ、お兄ちゃんはどこなの⁉」
「屋上庭園だ。先ほど無線で、本部に戻ってくると連絡が入った」
「そう。よかった……」
ひとまずほっとしていると、セシルはこちらを押しのけるようにして歩きだした。どうやら通行のついでに声をかけただけらしい。
本部を離れようとするセシルを、隊長格らしい守護騎士が呼び止める。
「長、どちらへ?」
「屋上庭園だ。リュートを迎えに行く」
「しかし彼と入れ違いになるのでは?」
「彼はやり切った。私は……褒めてやりたい」
ちらりと見えたセシルの横顔は、平常時と同じく澄ましていた。
だからきっと気のせいなのだろう。その表情の中に一瞬、愁いを帯びた笑みを見た気がするのは。
ざわざわと、再び胸が騒ぐ。
怖い。
すがるように向けた目は、テスターのまなざしとかち合った。
余裕なく、焦燥の色をにじませている。
セラは、世界守衛機関本部棟の屋上を仰ぎ見た。
「お兄ちゃんっ……?」
夜が――明ける。
◇ ◇ ◇