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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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5.リバースデー⑩ 完全無欠な全能

◇ ◇ ◇


 ……望んだものは全て得られる、完全無欠な全能に生まれたかった。

 それがかなわぬなら、失敗しても取り返しがきく程度の存在でいたかった。

 好きで『神』に生まれたわけじゃないのに。ただ(さび)しかっただけなのに。

 たったひとりの、大切な誰かが欲しかっただけなのに。


◇ ◇ ◇


「っ……⁉」


 横隔膜を揺さぶられるような衝撃を受け、なす(すべ)もなく身体(からだ)が飛ぶ。それを受け止めてくれたのは、フラワーアーチのトンネルだった。

 といってもたたきつけられたと言った方が正確で、加えて(つる)薔薇(ばら)()っているものだから、露出した肌が薔薇(ばら)(とげ)に引っかかれた。さして痛くもないが、頰に走る刺激に多少の(わずら)わしさは覚える。

 アーチの上部に半ば寝そべるような体勢から、リュートは身を起こそうともがいた。

 しかしアーチ内部に突き出した足に(つる)が絡まり、思った以上に身動きが取れない。


「くそっ……」


 もたついていると()(しん)の追撃に対応できない。

 そう思ってから、リュートははたと気づいた。

 先ほどリュートを吹き飛ばした()(しん)を、引きつけている者がいる。

 女の守護騎士(ガーディアン)だ。こちらが体勢の立て直しに手間取っているのを見て、(おとり)になってくれているのだろう。


 リュートは舌打ちをして、()(けん)を振りかぶった。アーチの骨組みに沿って()を滑らせ、(つる)を断ち切っていく。

 最後には強引に脚を引き抜き、骨組みを蹴って飛び降りる。着地もほどほどに()(しん)の元へと駆けだすと、ちょうど守護騎士(ガーディアン)()(しん)の拳を食らって倒れたところだった。

 リュートは駆ける。屋上庭園を。

 屋上庭園には何度も足を運んだ。あの少女にねだられて。


(……畜生)


 思い出したくもないのに、今思い出すことではないのに、場所の記憶から連鎖的に思い浮かべてしまう。

 季節外れの雪に消えた、はかない笑顔を。

 そしてそこからなぜか、別の顔にイメージが飛んだ。

 それは母だったり友人の顔だったりしたが、どちらも表面的なものだ。本当の顔は分からない。


 見たこともないその顔は、きっと傲慢さを絵に()いたようなものなのだろうと思っていた。

 なのにどうしてだろう。今はそこに、消え入りそうなもろさを想像してしまうのは。

 最後に交わした言葉が、妙に思い詰めているように聞こえたからか。

 消えてしまった(ほほ)()みと同じに、悲壮なものを感じたからか。

 もし女神に、アスラと重なる部分を感じたのなら……


(……あいつは神だ)


 そして同時に、ひとつの命だ。

 だけど自分は今まで、ひとつの命(メルビレナ)に向き合ったことがあったのだろうか。

 神は泣かない。

 神は謝罪しない。

 神であるなら全知全能。


(そんなこと、一体誰が決めたんだ?)


 女神に……メルビレナに覚えた憤りは、今も全く収まっていない。

 だけどそこで立ち止まってしまったら、また新たな後悔を生みそうな気がして。


(俺は……俺にできることを、する)


 リュートは駆けた。望む未来に、少しでも近づくために。


◇ ◇ ◇


「お前たちが求める世界をやる。だから箱庭世界には手を出すな」

《手を出スな……だト?》


 ()(しん)はいぶかしげに聞き返すと――はっと笑い声を上げた。そうできる器官が備わっていたら、唾でも吐いていただろう。


《さすがハ傲慢ナ女神トイッタところダナ。我々カラ全テを奪ってオイテ、自分ハ温情ヲ期待スルのカ⁉》

「お前たちが望むのは、私の破滅と新たな世界だろう。箱庭は関係ない」

《貴様にトッて大切な世界なラ、それだケで壊す価値ガある!》

「では取引だ」


 メルビレナはあくまで自分のペースを崩さず、手札を出した。


「箱庭世界を壊すというのであれば、生命もそうでないものもひっくるめて、一切合切全てを無に帰す。当然私もお前たちもだ」

《今ノ貴様にそンな力などなイ!》

「どうかな。全てのものは因果律でつながっている。取捨選択なく、因果律そのものを消し去るのであれば、ゼロに戻すことなど造作もない……とまではいかないが、可能だ」


 笑みを浮かべ、旋律を奏でるように指を動かす。創り出したもの全てを、自分も巻き込み無に(かえ)すという行為は、考えただけでもぞくぞくするものを感じさせてくれた。ただしそれは、決してやらないからこそ感じられる、禁忌的な快楽だ。


「それが嫌であるならば、箱庭には手を出さず、新たな世界を受け入れて生まれ直せ」

《……我々にとっテ貴様は魔王ダ。どれだケ憎ンでも、恨みヲぶつけテも足りない。だかラせめて貴様を、貴様ノ創った世界ゴと滅ぼしたい。我々にハ、ヒトとしての新シい世界を。魔王には滅ビを。そレが我々の望みだ》


 一言一言()みしめるように、自らの心を確認するかのように、()(しん)が言葉をつむぐ。


《世界をやルから見逃しテくれだナんて(たわ)(ごと)、誰が聞くモのか》

「誰が命乞いなどした?」

《なニ?》

「お前たちが箱庭を壊さないと誓うなら、私は全てを投げ出してもいい。おとなしく殺されもしよう。だが、箱庭だけは譲れない」


 膝を突き、手のひらを突く。つまらないプライドなどいらない。

 それが必要であるならば、コンマ1秒すら迷わず、()いつくばって土下座する。あいつはそう言っていた。


「お願いだ。箱庭を、必死に(まも)ろうとしている者たちがいる。私は彼らに報いたい」

《貴様ガ、報いルだと?》


 上から降りてくる声は、かすかに揺れていた。まるで、見るとは思わなかったものに遭遇しているかのように。

 額を地面すれすれに近づけたまま、メルビレナは続ける。


「私は間違っていた。今更お前たちに返せるものもない。だけど私の命と、新たな世界は与えてやれる。だから――お願いだ」

《……本当に、我々ハ生まれ直せるノか? ヒトとして生きラれるのか?》

「ああ」


 メルビレナは顔を上げ、()(しん)の《()》を見つめて断言した。


「お前たちは未来を生きる」


◇ ◇ ◇

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