5.リバースデー⑨ ひとりでいるべきだったのだ。
◇ ◇ ◇
きっと間違っていた。始めからなにもかもが間違っていた。
誰もが過ちを犯す。
が、世界の創造主たる自分は、過ちを犯してはいけなかったのだ。全てを請け負えないならば、なにも創らずひとりでいるべきだったのだ。
◇ ◇ ◇
一瞬前まで自分がいた空間を、漆黒の爪が切り裂いていく――と認識した時には眼前に膝頭が迫っていたが、それは身体まわりに展開した防護壁に阻まれた。
《思イ知レ……我ラノ、怒リヲ……思イ知レ!》
「やめろ! 私は話をしに来たのだ!」
何百回となく吐いた言葉を口に出すも、
《女神ハ殺ス! 我ラノ怒リヲ思イ知レッ!》
問答無用の殺意にはねのけられ、やむなく後退する。
(くそ、まだ足りないのか!)
こうしている間にも、箱庭への幻出や顕現は続いているというのに。
(……焦るな。加減を間違えたら全てが水の泡だ)
メルビレナは自分に言い聞かせ、慎重に間合いをはかった。
攻めるでもなく、逃げるでもなく、跳ね返すわけでもなく。
迫る堕神の爪を、ほんの少しだけ――受け入れる。
「っ……」
鋭い爪が腕に食い込む感触。
それ以上深く喰われる前に、女神は大きく飛びのいた。鮮血が舞ったりはしない。自分は愚かな下僕たちとは違うのだ。
(血も涙もない……とはよく言ったものだな)
傷だらけの腕を見て苦笑し、堕神に目を向ける。
メルビレナを喰ったことで、堕神はまた力を得たようだ。そして同時に、自我の回復もまた進む。
(喰われ過ぎると後が困る……慎重に、最低限に抑えなければ)
「落ち着け! 私は話がしたい!」
繰り返し呼びかける。これが駄目なら、また喰わせるのみだ――
《……厄災ノ……女神ガッ! 今更なンの……話ガある⁉》
(達したっ!?)
受け入れ体勢にあった身体を一転、防護壁を張って堕神をはじき返す。
堕神は気にした様子も見せず、対峙したまま声を張り上げた。
《貴様は我々ヲ生み出シては殺し続ケた。そレも己の欲のたメだけに!》
「否定はしないが……じゃあ私はどう在るべきだというのだ?」
メルビレナはあおるように問いかけた。
半分は交渉の隙を見つけるため。もう半分は本音から。
《神なラバ、創り出シた命は育むべキだ。たダ見守るだケでもイイ……なノに貴様ハ結果を急イで、命を踏みニジったのダ! 我々ハそレが許せナいっ!》
「だから私を殺して、自分のたちで世界を創り直し、神として君臨したい……それがお前たちの望みなのだろう?」
《違ウ!》
「……なに?」
明確な否定に、少なからず衝撃を受ける。
堕神の顔は相変わらず無機質で、感情は読み取れない。
だけど響いてくる《声》は、自らの身を裂かんばかりに激しく、そして悲痛さを帯びていた。
《我々は確かニ、貴様を殺シタい。新たな世界も欲シい。ダケど支配スるコトなど望んデハいない! 我々ガ望むノハ、貴様ニ脅かさレナイ、我々ノためノ世界だ! ソノ世界に生まレ直シテ、自分タチで命をツナイデいく。こンナ……コんナ身体で未来永劫苦シムのはゴメんダ!》
「……なるほど」
堕神の言葉を反芻し、メルビレナは確信した。
「なら、話し合う余地はあるではないか」
《ナニを今更――》
堕神の言葉にかぶせるようにして、メルビレナは約束を紡いだ。
「望み通り、お前らに世界を与えよう」
◇ ◇ ◇