表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
381/389

5.リバースデー⑥ なんにせよ今日だ。

◇ ◇ ◇


「ごちそうさまでした。とってもおいしかったです」


 箸を置いて挨拶を言う。兄言うところの猫かぶり声で。


「ごめんなさいね、大したものも出せなくて」


 対面に座した女性が、手を口元に当てて謙遜の言葉を口にする。見た目は若いのに、年配者がよくする類いの仕草が不思議としっくりくる。


「いえそんな、本当においしものばかりで……こちらこそ、こんな年末に押しかけてしまってすみません」

「いいのよ、夫が急な出張で食材も余ってたところだし。それにこの子全然友達呼ばないから、むしろうれしいくらい」

「お母さんってば! そういうこと言わなくていいから!」


 女性の隣で、明美が慌てた声を出す。生意気さのにじむ口調から、外では見せない明美の素を(かい)()()た気がして、少し面白かった。

 女性――明美の母は「はいはい」と流すと、セラの隣に座る、テスターへと視線を転じた。冗談めかして、


「大きな学校で暮らしてる(わたり)(びと)からすると、こんなちっちゃな家は居心地悪いでしょう?」

「むしろ心地いいですよ」


 テスターが笑みを返す。


「こういった家庭的な雰囲気は、食堂では味わえないですからね」


 ただの社交辞令なのだろうが、セラはふと思った。


(そういえば、テスター君のご両親って……?)


 今まで話に上ることがなかったから、気にしたこともなかった。

 気にしたところで()(かつ)に聞けば、「あー……もう死んじゃったんだよね」と返されることもあるのが(しん)(ぼく)なのだから、そうそう尋ねられることでもないのだが。


(意外に教官陣の中にいたりして?)


 いずれにしろ今考えることではない。セラは自分の役割に集中することにした。

 片づけは不要と言われたので、明美の母には再度礼を告げて、3人一緒に居間を出た。

 階段を上がって明美の部屋に入ると、テスターが不思議そうに口を(ひら)いた。


「君のお母さんは、あまり気にしないんだな。渡人(オレたち)のこと」


 特に最近はデモの影響で、地球人からの(わたり)(びと)への当たりは強くなっている。多少の中傷や当てこすりは覚悟していたのに、なにもなくて拍子抜けしてしまったのだろう。実をいえばセラも同感だった。


「いつもあんな感じだよ。仕事柄(わたり)(びと)と接する機会も多いから、変な偏見もないんだと思う」


 明美は部屋の隅からクッションをふたつ持ってくると、折り畳み式のテーブルの前に並べた。


(……こんな(のん)()に過ごしてる場合じゃないのに)


 そんな思いが頭をもたげる。

 促されるままに座り、3人で雑談を交わし始めても、セラの心は上の空だった。

 これが今の自分の役割だと言い聞かせても、今この瞬間も痛みにさいなまれているであろう兄のことを思えば、焦燥感は募っていく。と、


「ごめんねふたりとも。本当はきっと、訓練校にいたかったよね」


 募った焦りが、表面に染み出していたらしい。明美が申し訳なさそうに言ってきた。

 今更否定もできず、セラは思ったままを答えた。


「気にならないと言えば(うそ)になりますけど、須藤さんの(えい)()だって大事ですから。ね、テスター君」

「だな。学長なんて『本来であれば在宅などもっての外。女神様が帰還されるまで、保護という名の徹底的な監視下に置いておきたいところだ』とまで言ってたぜ。ありゃ半分は本気だったな」

「ああそっか。一応私、まだ『保険』なんだっけ」


 思い出したように言う明美に、テスターが頭に手を当て、ははと謝る。


「ごめんなー。せっかく解放されたっていうのに」

「ううん、同化してても、そこまで不都合があるわけじゃないし。まあ規則はちょっときついかもだけど……でも、なんか変な感じ」

「なにがです?」


 問うと、明美は服のコーディネートを確認するように、自分の身体(からだ)を見下ろした。


「普段は女神様が同化してるなんて全然感じないのに、こうして分離してみると、やっぱりどこか違う気がするんだ」

(のろ)いが解けたようなもんですからねー。さぞやすっきりするでしょう」


 これには明美は曖昧な笑いを返し、「そういえば」と続ける。


「女神様が戻ってきたらどうするの? 基本的に私との同化はもう必要ないって、(わたり)(びと)のトップの人に言われたんだけど」

「その役割はリュートが引き継ぐんだってさ」

「天城君が?」

「ああ。自分から志願したんだ。あいつ、君が女神様と同化してること相当気にしてたからな」

「? なんで天城君が気にするの?」

「あいつにもいろいろあるってことさ」


 軽薄な笑みでごまかすテスター。


「そういうわけですから、須藤さんはなにも心配いりませんよ。リュート様がなんとかしてくれます」

(でも、そんなことはさせない)


 テスターに同調しながら、セラは内心反対のことをつぶやいた。

 兄が女神と同化するとはいっても、かつてのように一方的・強制的に生命力を吸い上げられるわけではない。明美の時と同じ緩やかな、共生可能型の同化である。

 万が一リュートが同化不可能な状態――つまりは生命が停止するか、それに近しい状態――になった場合は、適合率の高いセラが、それも無理なら明美が宿主になる()(はず)だった。

 しかしセラは、自分が宿主になるつもりだった。できれば女神が帰還した際、事故を装って。

 たとえかつてのような切迫した同化でなくとも、これ以上、兄が身を(ささ)げるのが嫌だった。


(私がお兄ちゃんを(まも)るんだから……!)


 決意を新たにしていると、ふと横から視線を感じた。テスターだ。

 テスターはすぐに視線をそらしたが、その一瞬に捉えた彼の目は、警戒の色を帯びていたように見えた。


(気づかれた……かしら?)


 であれば、実行の際には注意が必要かもしれない。

 セラは、テスターの動向も気にかけておこうと付け加えた。


「さてと、俺はそろそろ行くかな」


 テスターが伸びをして立ち上がる。その時にはもう、いつものつかみどころのない、(ひょう)(ひょう)としたまなざしに戻っていた。


「俺は近辺で待機してるから。()(しん)が出たらすぐ駆けつけるけど、直後の避難誘導はよろしくな、セラ」

「そりゃもちろんだけど……本当に大丈夫なの、テスター君」

「そうだよ外で待機だなんて。凍えちゃうよ。うちに泊まっていけばいいのに」

「君のお母さんも、さすがに俺が泊まるのは許しちゃくれないと思うぜ」


 手にしたコートを着込みながら、テスターが答える。


「ねえ、やっぱり私も外で――」


 セラは迷いながらも立ち上がるが、


「あー、駄目駄目。さすがにひとりは、須藤のすぐそばにいないと」


 あっさりと却下される。


「それに排斥派が(かっ)()するような状況下だぜ? 年頃の女の子に、外で夜明かしさせるわけにはいかないって」


 冗談とも本気ともつかない口調でのテスターに、セラは口をとがらせた。


「そういうことなら、テスター君だって危ないのは同じじゃない。過激な排斥派に絡まれたらどうするつもりよ」

「むしろそれくらいの方が、後からいろいろ言われなくて済むかもなー。『お前だけ楽しやがって』ってさ。あいつみみっちいじゃん?」


 テスターはきししと笑い、くるりとこちらに背を向けた。


「ま、なんにせよ今日だ。今日を乗り切れば、きっと明日(あした)だってなんとかなる」


 それは自分に言い聞かせているようにも、この場にいない誰かへ語りかけているようにも感じられた。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ