5.リバースデー⑤ 許せなかった。
◇ ◇ ◇
許せなかった。その男は自分の仲間――たったひとりの愛せる仲間になるはずだったのに、創作物のひとつに心を奪われ、世界ごと消えていった。
……だから、男に罰を与えることにした。
男は死を選んだ。ならば何度でも味わせてやろう。死ぬほどの苦痛を。そして男が心惹かれた存在を、種族丸ごと男の手で滅ぼさせてやろう。
◇ ◇ ◇
アスファルト舗装された駐車場に、夕陽が降り注ぐ。柔らかなオレンジ色の情景は、彼女が明日を歌ったあの日を思い出させた。
ずっと続けばいいのにと思った時間はあっけなく過ぎ去り、彼女はもういないという事実だけが、いまだ心を切り刻み続けている。
「現在顕現中の堕神と同地点に、2体目顕現の危疑あり!」
「了解です!」
リュートは雑念を振り払うように、無線からの警告に応えた。
駐車場の奥に堕神が1体。ふたりの男性守護騎士が、囮を担ってくれている。車を背に立つ堕神は一見追い込まれているように見えるが、好きに透過できる彼らには関係ない。
「交替願います!」
駆けつけるリュートの言葉を受け、守護騎士らが素早く身を引く。
堕神はこちらの接近に気づくと、見せつけるように嗜虐的な爪を振るった。
身体をひねってかわすつもりが、想定より深く迫る爪にリュートは目を疑った。
(しくったっ⁉)
一瞬、間合いを読み損なったのかと思うが、違う。
堕神の腕がわずかに伸びたのだ。
(そんなことできるのかっ)
慌てて身を低くしてやり過ごし、擦れ違いざまに堕神の左脚を薙ぐ。
目の前の車体を蹴るように駆けて、反転。堕神に同調して左脚が悲鳴を上げるが、リュートは無視して緋剣を一閃した。袈裟斬りに裂かれた堕神が、断末魔の叫びを上げる。
「…………」
(次の顕現もこの辺り……どこに出る?)
苦い感情を押し殺し、周囲に注意を払おうとした矢先だった。
消えゆく堕神の存在を無理やり押しのけるようにして、次なる堕神が顕現した。
「――っ⁉」
最悪のタイミングだった。痛みに耐えるので精いっぱいで、返す刀を振るうだけの力が出ない。
加えて堕神は顕現と同時に、抱きつくように両腕を振るってきていた。左右の逃げ場がない。
リュートは後方に宙返りし、車体に突いた左手をばねにして、さらに身体を持ち上げた。転がり落ちるようにして車を越えるが、地に足着けて体勢を立て直した時には、車を透過してきた堕神が目前に迫っていた。
「くそっ」
回避は諦めて次善の防御に切り替えた時、なにかが横から割って入ってきた。先ほどの守護騎士だ。
飛び出してきた守護騎士はリュートの代わりに一撃を受け、いっときも邪魔をしたくないとばかりに、流れるように場を跳びすさった。
くしくも今さっきの顕現と同じ。消える守護騎士と入れ替わるように、リュートは堕神へと飛びかかった。
緋い剣身が夕陽を反射し、朱色の輝きを生み出す。刹那的なきらめきが視界を飾った。
黄昏時の絶叫に心をえぐられながら、死の痛みをまた味わう。
ふいに飛びそうになった意識をなんとかつなぎ止め、リュートは周囲を見回した。かばってくれた守護騎士に、謝罪と礼を言いたかったのだ。
守護騎士は存外すぐ近く、リュートの後方数メートル先にいた。
そしてリュートは絶句する。
堕神への対処中は正直、守護騎士ひとりひとりの顔を見る余裕もない。判別できて、せいぜいが体形や髪型までだ。だから今にしてようやく、リュートは彼の姿をきちんと確認したのだが……
「なんであんたが……」
「なんだ、ようやく気づいたのかね?」
守護騎士の男が、事もなげに言ってくる。リュートをかばった際に負傷したらしい、血まみれの左腕を右手で押さえて。
「ようやくって……なんで長が囮をやってんだよ!」
リュートは動じながら怒鳴り声を上げる。
男はセシルだった。揺れるたびに輝きを放つ銀髪をひとつに結い上げ、ご丁寧に守護騎士の制服まで着ている。
しかしリュートとは対照的に、セシルの方はぴくりとも動じない。怪我を案じて近づいてくる守護騎士たちを手で制し、
「死ななければよい話だろう。もしものことがあっても、グレイガンが引き継いでくれる」
「そういう問題じゃ――」
「本来私は、現場に立つ方が好きなのだ」
リュートの言葉を無視して、セシル。
「それに――絶対に護れと言われた以上、父としては応えなければな」
「?」
疑問符を浮かべるが、セシルの方はそれ以上語るつもりもないらしい。
彼はこちらに近づいてくると、横を通り過ぎざまに――ぽんと頭に手を置いてきた。
「頑張れ。お前ならやり遂げられる」
「⁉」
それは、リュートを都合よく動かすための方便だったのかもしれない。
それでもなにか――十数年ぶりの、なにか大事なものを感じ取った気がして、リュートは後ろを振り返った。
「父さ――」
「顕現の予兆を複数感知! 最速顕現座標は――」
事態は容赦なく展開していく。
リュートは奥歯を嚙みしめ、無線が伝える場所へと、振り切るように走りだした。
最後目をそらす瞬間にちらりと、守護騎士やアシスタントらが父に駆け寄っていくのが見えた。
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