5.リバースデー④ 幾十万という時をかけて
◇ ◇ ◇
どうしても仲間が欲しくて、ひとりの男を核に、力を集めていった。世界中の魂を強引に精錬し、回収し、新たな世界でまた昇華させ――繰り返し繰り返し、幾十万という時をかけて、男に力を集めた。
そして力が極限まで高まり、あと少しで対等な仲間に転化するという時……
男に裏切られた。
◇ ◇ ◇
「――顕現予兆を感知っ!」
肩口の無線機から生じた鋭い声が、静寂を打ち破った。即応部隊のレオナルドの声だ。
「1……2……4体が顕現予定! 最速顕現座標は――」
顕現座標を聞いた時には、リュートは緋剣を発動させて走りだしていた。向かうは世界守衛機関本部棟の前庭だ。無論そこにも囮役は配備されているが、できることなら速攻で自分が狩りたかった。
顕現座標に到着すると同時、見計らったかのように堕神が現れる。
リュートは勢いを殺さぬまま、緋剣を横に振り切った。
腹を裂かれた堕神が悲鳴を上げて消失する。
次いで襲ってくる激痛に身体を折る余裕もなく、無線から声が飛ぶ。
「リュート! 次は背後だ!」
レオナルドの声。どうやら近くで見ているらしい。
(立派な先輩になりやがって)
苦笑し、振り向きざまに空間を薙ぐ。
手当たり次第の牽制のつもりだったが、運が味方をしてくれたらしく、刃は顕現した堕神の首をはね飛ばした。
――ッ! 痛イ! 痛イッ!
不思議なことに、悲鳴は頭部と身体の両方から聞こえてきた。
――痛イ! ヤメテ! 助ケ――
ぶつりと途絶える悲鳴。
消えた堕神と入れ替わるように、底のない酷痛がやって来る。生きながらにして首をはねられる痛みは、呼吸をも実際に停止させた。
「く、そっ……」
左手で自身の首元をつかみ、押し出すようにして息を吐き出す。
(首はマジで、やべえな……あと頭も、避けた方がよさそうだ)
感覚的に脳が死んだとして、戻ってこられる自信がない。
片膝を突いてあえいでいると、誰かが顔をのぞき込んできた。
エリザベスだ。澄んだ蒼色の瞳には、今は曇りが生じている。
「大丈夫っ⁉」
「はい。問題、ないです……」
「焦らず来なさい。でなきゃ最後まで保たないわよ。もっと私たちを信頼して」
「すみません」
(落ち着け。エリーの言う通りだ)
肩を貸そうとするエリザベスを手で制し、自力で立ちながら考える。
(先は長い。考えなしに突っ走ればすぐ息切れだ。そうなれば逆に、仲間に迷惑がかかる)
あくまで気力や体力の消耗を抑えつつ、迅速に狩らねばならない。
(そういうさじ加減は苦手なんだけどな……)
しかし、
「2体隠滅! 続いて直近顕現確認! リュート、いけるか⁉」
「はい!」
悠長にぼやく暇もない。
リュートは答え、駆けだした。
◇ ◇ ◇
元始世界のよどんだ空を、メルビレナは翔ていた。
はるか下方の大地を、回帰形態の堕神たちがさまよい歩いている。一瞬にして追い抜くため見えるわけもないが、メルビレナには視えていた。
軽い。
想うだけでどこまでも飛べる。
いや、想うよりも先に身体が動く。
器に縛られない本来の身体が、力の解放に飢えている。
身体も、力も、心すら。それぞれが縦横無尽に駆け回り、ともすれば制御を失いかねない。
久しく離れていた感覚に、高揚感が無尽蔵に押し寄せる。
限りなく万能に近く――そして、果てしなく全能から遠い力。
(…………)
メルビレナは可能性を探して飛び続けた。
こうしている間にも、箱庭から排除された堕神らが再生し、回帰形態で歩き回る。そして力を回復した後、再び箱庭へと幻出する。
できれば阻止してやりたいところだが、和解を求めながら暴力に訴えるさまを見せるわけにはいかない。ただでさえ箱庭では、時間が経つほどに堕神が滅されているのだから。
(だから早くけりをつけなければならない)
目的のものだけを求めて、ただひたすらに飛ぶ。箱庭の何百倍もの、広大な大地の上を。
(あれか……? いや、あれではまだ話もできない。もっと、もっと極限まで回帰した、理性の残った存在――堕神の意識の集合体がどこかにいるはず……)
可能性を求めて、女神は飛び続けた。
◇ ◇ ◇




