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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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5.リバースデー③ 神は約束を違えたりはしない。

 女神がどうとでもなさげに片手を振る。

 それが合図だったのだろう。テスターの背後から、がらがらと車輪が回るような音が近づいてくる。

 振り返ると、大きな荷台を、アシスタントがふたりがかりで押し進めていた。荷台の上には例の(ほう)(ろう)(せき)が、アタラクシアで見た形のままどでんと居座っている。


 荷台が女神に向かって進むのと入れ違いに、守護騎士(ガーディアン)らが女神から離れる。(ほう)(ろう)(せき)()(げん)に、巻き込まれないようにするためだ。

 と、フリストがかがみ、足元の箱から金属製の物質を取り出した。ヘッドギアと腕輪のように見えるそれらを抱え、フリストは女神の元へと近づいた。

 女神はその場から動かず、なにも言わずにただフリストを待つ。目の前まで来たフリストが恭しく辞儀をすると、彼女は優雅に腕を差し出した。


 一見不思議な光景だった。まだ幼さの残る少女に長身の少年がかしずき、その身に不釣り合いな装備を取りつけている。

 器具を全て着け終えると、女神はヘッドギアからのぞく目を細めた。


「貴様が初めてだな」

「え?」

「私に、このような武骨な物を身に着けさせたのは」


 言われてフリストが、かわいそうなくらいまごつきだした。


「も、申し訳ありません。デザインを検討する余裕がなくて……」

「構わぬ。かつてないことをするなら、かつてない装いをするのも悪くない」


 具合を確かめるようにヘッドギアに手を添え、女神。

 言葉通り捉えたわけではないだろうが、それでも多少の緊張はほぐれたのだろうか。リモコンでの調整を終えた後、フリストがおずおずと声を上げる。


「……女神様」

「なんだ?」

「計算は確実です。何度も検算しました。(ほう)(ろう)(せき)()(げん)軌跡は、数か月は残存するでしょう。もし女神様の消耗が激しくとも、それをたどればこちらへ戻ってくることは可能です……ですが、それでも……万が一――」

「何度も言わせるな。神は約束を違えたりはしない。世界は終わらず未来を刻む」


 女神は断言し、手のひらをフリストに向けた。


「もう下がれ。でないと貴様も巻き込まれるぞ」

「……はい。無事のご帰還を祈っております」


 フリストが下がり、片膝を突いて頭を下げる。示し合わせたかのように、守護騎士(ガーディアン)たちも片膝を突いた。

 テスターも同様に倣いながら、内心驚いていた。隣のセラもまた、女神に(はい)()しているのを見て。ただ形式でひざまずいているのではなく、真摯に頭を垂れているように見えた。

 そのことに思いを巡らす前に、変化が現れた。

 五感ではなく、身体(からだ)に組み込まれた因子ひとつひとつが感じ取る違和感。空間のざわつき。


(次元の(わい)(きょく)


 (げん)(しゅつ)とまごうほどに似通った感覚だが、ひとつ明確な違いがあった。

 それは、(わい)(きょく)がこちら側から生じていること。

 テスターは立ち上がって(ほう)(ろう)(せき)を見やった。


 石を中心として、急速にゆがみが進んでいる。そのゆがみは、そばに立つ須藤明美の身体(からだ)を巻き込んでいく。

 (ほう)(ろう)(せき)の影響を受けるのは、他次元にも存在感をもつものだけ。故に地球人に影響はない。須藤明美を例外として。


 明美は女神と同化しているため、ふたつの存在感を内包している。そのため(ほう)(ろう)(せき)()(げん)に女神の存在感が反応した際、明美ももろともに巻き込まれてしまうだろうというのが、研究チームの見解だった。

 それを利用すると同時にリスク回避の目的で作られたのが、フリスト考案の、変動係数を応用した疑似質量調整装置だ。(わい)(きょく)に巻き込まれた際の反応のずれから、明美と女神の存在感を引き離し、女神だけを元始世界に飛ばすというものらしい。

 といってもあくまで理論上の話で、本番それ自体が臨床試験のようなものだ。それらの説明を受けた上で了解してくれた明美には感謝しかない。


(その厚意には全力で応じなきゃな)


 ゆがみがいっそう強くなる。

 (はた)()からは見えない圧を感じるのか、女神がわずかに顔をしかめる。次の瞬間にはその顔がぶれた。


「⁉ だめ、須藤明美まで持っていかれる!」

「大丈夫だ」


 セラの焦りをフリストがとどめる。それを合図としたかのように、明美の全身が揺らいで別の輪郭を描き出し、明美自身と分離した。


「あれはっ……」


 小さな身体(からだ)からの解放を喜ぶかのように、白い四肢がすらりと伸びる。孤高を積み重ねてきた切れ長の目が、厳しいまなざしでこちらを見た。長い金髪は、風任せの稲穂群のようにのびやかに揺れている。

 そのどれもが(しゅ)()の拝謁だった。


「では始める」


 (えい)(ごう)の時を()たしがらみを断ち切るため、女神は箱庭世界から消失した。


◇ ◇ ◇

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