5.リバースデー① ひとりが嫌だった。
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ひとりが嫌だった。
自分が生まれた時、存在するのは自分だけだと気づいた。
寂しくてたまらなくて、だから命を創った。考え得る全てを創った。さまざまなものが育まれていったが、自分の仲間といえるものは現れなかった。
自分の僕は仲間をもっている。自分の創作物は愛を知っているのに、自分には分からない。
不公平だと思った。
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12月29日、15時45分。晴天。
世界守衛機関本部・第23高等訓練校は、かつてないほどの緊張に包まれていた。
第2運動場には総勢1200名弱の守護騎士・アシスタントが。隣り合う特殊第2運動場には訓練校の上級生約1000名が整列し、来るべき時を待っている……はずだ。
今のリュートには、青みがかった人影がいくつも並んでいる様しか認識できなかったが、張り詰めた空気は視界に関係なく伝わってくる。
このような光景をこちら側から眺めるというのは、実に不思議な気分だった。
「もっと力強く立て。お前がそれでは、皆が不安がるだろう」
隣に立つセシルが、ぼそっと耳打ちしてくる。
彼は、こちら側から見ることに慣れているからだろうか。まとう空気はいつもと変わらず、泰然としていた。
「無茶言うなよ」
リュートは文句を言いつつも忠告通り、重心を意識して自身をしっかり立ち支えた。
「さて」
肉声と、イヤホンから伝わる音声。2種類のセシルの声が耳に届く。
「諸君がこの場にいるのは、幸運にして光栄なことだ。じかに女神様の役に立つ機会を与えられたのだからな。世界に散らばる同胞たちは、関わることすらできない。だから君たちには、今回の討伐に参加できない者たちも代表して、ここにいると思ってほしい。我々の出す結果いかんで、神僕全て――いや、この世界全ての未来が決まるのだ」
敷地外に音が漏れる可能性のあるスピーカーではなく無線を通すのは、万が一にも地球人に聞かれないようにするためだろう。
セシルは続ける。
「女神様は、堕神との決着をご所望だ。女神様ご自身が元始世界に赴き、堕神と決着をつけられる。問題は、その間こちらが無防備となることだ。顕現範囲こそ限定されているものの、多重顕現は避けられない。対してこちらの滅殺戦力は、たったの1名」
衣擦れの音。セシルがこちらを指し示したのだろう。
「守護騎士の諸君。君たちの役割は囮だ。多重顕現した堕神を引きつけ、彼へと引き渡せ。もし彼が負傷しそうなときは、その身をもって彼を護れ。20分交替を原則とし、緊急時は無線で宣告の後、待機人員と替わること。彼を護ること・戦力を維持することを重視しろ。アシスタントと訓練生には、そのサポートを担ってもらう。ただし、いざというときはG専科生にも囮役を担ってもらうつもりだ。心してかかれ」
と、セシルが身を引き、リュートになにかを手渡してくる。それは無線のようだった。一言話せということなのだろう。
「彼が、君らが護るべき討伐の要だ。すでに資料で確認済みだろうが、いま一度頭にたたき込め」
セシルの行動は、仲間たちの視線をこちらへと導いたようだ。視認できなくとも注目の圧を感じ、リュートはたじろいだ。
が、彼らはいざというときリュートの盾となるのだ。セシルの言う通り、頼りない姿をさらすのは士気に関わる。
リュートは力を解放した。緋剣の発動と同じで、呪文も身ぶりも必要としない。ただ想うだけで転化する。
全身にすぅっと力が染み渡るのに合わせて、視界も明瞭になる。
ここに至ってリュートはようやく、今回の討伐の面々を確認できた。使命の光を宿した瞳がずらりと並ぶ様は、壮観とすらいえた。
青や緑の制服に身を包む彼らに対し、リュートは区別をつけるため、あえて学生服を着込んでいた。夜間目立つように縫いつけられた反射板は不格好ではあるが、そんなことはどうでもいい。やるべきことをやるために皆、今ここにいるのだから。
金色の目で仲間たちを見渡し、手にした無線に声を発する。
「俺は……やり遂げます。絶対に、やり遂げますから――ご協力をお願いします」
リュートは深々と頭を下げた。それが自分にできる、精いっぱいのことだった。
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