表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
375/389

4.死中求生⑤ 奇跡でも起こしてくれるの?

◇ ◇ ◇


 昼下がりの()が差し込む、総代表執務室。

 セラとリュートとテスターは、執務机の前に立っていた。ただし身体(からだ)は机にではなく、応接ソファを向いている。そこに泰然と足を組んで座っている、傲慢な女神の方を。


「で、なによ。学校ではできない大事な話って」


 セラは腕を組み、いらいらと告げた。

 理由は単純だった。横目でちらりと、左隣の兄を見やる。

 白銀の髪と金色の瞳。

 恐らくは視力の低下を隠すためだろう。リュートは転化した状態で立っていた。

 呼びつけることで、結果として兄に負担をかけている女神が腹立たしい。セラがいらついている理由はそれだった。


「セラ。女神様に対して無礼だぞ」


 執務机の向こうに立つセシルにたしなめられるも、セラはふんと鼻を鳴らして顔を背けた。ここ数カ月で、父のことはよりいっそう嫌いになった。


「構わぬ。この(むすめ)はこれが平常だ」


 女神が珍しくフォローを入れてくるが、ただ気味が悪いだけでなんのありがたみも湧かない。

 女神は続ける。


「白状しよう。この事態は当初、私が望んでいたことであった」

(そうでしょうね)

「だが本当は――迷っていた。迷っているうちに隙ができ、結果として当初の予定通りに事が運んだ」

(そりゃよかったわね。さすがは神様)


 減らず口を胸中に押しとどめたのは、いちいち()みついていたら話が進まないからだ。


「予定通りに事が運んで……思い直した。私が()(しん)と話をつける」

「はぁっ?」


 さすがに今度は口に出た。


「それができないからこうなってんでしょ。なあに、奇跡でも起こしてくれるの?」

「奇跡など起きない。だが希望と言っていい可能性は生まれた。回帰形態の()(しん)と意思疎通が図れれば、あるいは……」

「いくら回帰形態とはいえ話が通じるほどの自我はないだろうし、第一どうやって話しに行くのよ。()(げん)もできないくせに」

(ほう)(ろう)(せき)


 それが魔法の言葉であるかのように、女神は力強く述べた。


「あれは()(げん)の際、周囲の空間もねじ切っていく。おあつらえ向きに、()(げん)を控えた馬鹿でかい(ほう)(ろう)(せき)があるだろう。あれ規模の()(げん)なら、私も共に次元を渡れる」

「危険です」


 今度口を挟んだのはテスターだった。リュートの隣から一歩前に出るようにして、


(ほう)(ろう)(せき)の気まぐれな()(げん)に身を任せるなんて……失敗したら、どうやってこちらに戻られるつもりですか? 須藤だっているんですよ?」

「そうよ、須藤さんまで巻き込む気? 彼女はあんたと同化してるのよ? ()(げん)の影響を受けないはずがないわ」


 これだけ長い間身体(からだ)を借りておいて、配慮しないとはさすが傍若無人な女神様だ。

 そう思っていると、女神は意外にも答えを用意していた。


「須藤明美は置いていく。()(げん)時の因子振動を利用して、この(むすめ)と私を切り離す。魂の一部が須藤明美にもっていかれるから、本当ならあまりやりたくはない手段ではあるがな。成功率は高くないが、その辺りは復路の用意も含めて、ギジケンとやらの貢献に期待しよう」

「ギジケンって……フリスト先輩の?」


 突然の(ばっ)(てき)に、セラは目をしばたたいた。


(まあ確かにフリスト先輩なら、研究チームに引けを取らないレベルの成果を出してると思うけど……)

彼奴(きゃつ)の研究は未熟ではあるが、私が迷わないよう、箱庭への(みち)(しるべ)を用意することくらいならできるだろう」

「テスターの申し上げる通り、危険です」


 順番に反論をしているわけではないが、結果としてセシルが次なる反論者になった。いつになく厳しい面持ちで、女神を見据えている。


「フリストの研究を利用するとおっしゃるのなら、彼の研究品が実用段階に達するのを待って――」

「干渉因子の密度が大き過ぎて、彼奴(きゃつ)の研究品では私を()(げん)させることはできぬ。どう改良したとしても無理だ」


 女神は有無を言わさず断言し、


「もう決めたことだ。ただひとつの問題は……」


 ソファから立ち上がり、(しん)(ぼく)たちと順繰りに視線を合わせていく。試すかのように。


「私が()(げん)している間、こちらの世界は無防備となる」

「つまりは俺が頑張れってことか」


 今まで黙っていたリュートが、口を(ひら)く。その言葉からは怒りも苦しみも、諦めすらも感じ取れなかった。


「頑張るだけでは駄目だ。やり遂げろ。愚鈍さは言い訳にならない」


 女神は容赦なく厳しいまなざしをリュートに送った後、断言した。


「その代わりに保障する。どう転ぼうと()(しん)とは決着をつける」


◇ ◇ ◇


 窓から陽光が差し込んでいるにもかかわらず、室内は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 女神が話を終えた後、彼女はリュートにだけ話があると言って、他の者を追い出した。この部屋の(あるじ)であるセシルまでも。

 「お兄ちゃんにこれ以上負担をかけないでよね!」と女神に()みつくセラ。「落ち着けよセラ。少しの時間だけだ」となだめるテスター。退室を静かに受け入れるセシル。

 三者三様に部屋を出ていき、残されたのはリュートと女神だけになった。

 自分たち以外には誰もいないのだと意識した途端――怒りが、込み上げてきた。


「なんだよ。あれじゃまだ言い足りないってのかよ」


 腕を組み、あさっての方を向きながら吐き捨てる。

 摩耗していたはずの感情がささくれ立ち、爆発先を求めていた。

 正義を盾とする糾弾は、自分を棚に上げるのに都合がいい。危険な誘惑だと分かってはいるのに、飛びついてしまう。


 ……アスラを失ったのは、お前のせいだと。


 女神に罵声を浴びせ、徹底的に痛めつけてやりたい衝動に駆られた。それを抑えつけるのに必死だった。

 こんな状態で会話を続ける自信はない。一秒でも早く立ち去りたい。

 リュートの気持ちを知ってか知らずか。目の前に立っている女神は、(とげ)を含んだこちらの言葉を無視して、いつも通り一方的に告げてきた。


「やり遂げろ」

「だからそうするって言ってるだろ」

「貴様がやり遂げるなら、私もやり抜こう」

「そりゃ頼もしいお言葉だな」


 リュートは正面は見ず、かたくなに窓へと視線を注いでいた。空舞う鳥を見ている方が精神衛生上よっぽどよい。

 と、目の前に少女の顔が割り込んできて、鳥の姿がかき消える。

 わざわざ眼前まで回り込んできた女神は、こちらの目を見て聞いてきた。


「転化を()かないのは、侵食が進んでいるからか?」

「ただのイメチェンだよ。銀髪がマイブームなんだ」


 女神を()けるように身を転じると、追いかけるように言葉が届いた。


「私は謝らない。神は謝罪しない」

「知ってるよ」

「……神じゃなかったら、最期までそばにいてくれたのか?」

「? 神だからこそ、そばにいるんだろ」

「……そうか。そうだな。それが貴様の役割だものな」

「……女神?」


 なんとなく違和感を覚えて、リュートは肩越しに振り向いた。すると、


「貴様など嫌いだ。いつだって歯向かって、私の元から去っていく」


 やはり一方的に言い捨て、女神はリュートを素通りして部屋を出ていった。

 ひとり残され、ぽつりとつぶやく。


「なんなんだ、あいつ……?」


 そんなことあるはずがないのに。

 なぜだか女神が、泣いているように見えた。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ