4.死中求生④ 私はなにに祈ればいい?
「なに、もしかして図書館やってないわけ?」
背後からかかった声に、銀貨は慌てて振り向いた。明美も涙を拭って身体をひねる。
後ろに立っていたのは角崎凜だった。片手に本を掲げ、面倒くさそうな目つきで空席のカウンターを見ている。
「せっかく返しに来たのに、無駄足じゃん」
「あ、いや……返却くらいなら、よければ僕が処理しとくよ?」
「そ。じゃよろしく」
おずおずと伸ばした手にたたきつけるようにして、凜が本を手渡してくる。その際に銀貨の顔を一瞥すると、
「あんたいつまで後ろめたそうな顔してるわけ? 逆にウザいんだけど」
「え、その……ごめん。でもやっぱり申し訳なくって」
「もう治ってんだから、それでいいじゃん。次またそんな顔してたら殴るから」
「う、うん……」
直情型の凜に淡泊に返されると、どうも調子が狂う。
もごもごと口を濁しているうちに、凜が「じゃ、行くから」と反転してしまう。
「角崎っ……」
銀貨は思わず立ち上がった。がたりと椅子が鳴る。
「なによ? なんか文句あんの?」
顔だけこちらに向けたまま、口をとがらせる凜。
「その……あの……来年も、よろしく。よいお年を」
なけなしの根性を総動員して、言う。明美が慌てて続いた。
「あ、私からもっ……よいお年をっ」
凜はしばらく無言だった。無言でこちらをじっとにらみ、
「……あんたらもね」
不承不承といった体で応え、立ち去った。目は合わせてもらえなかったが、それが角崎凜にとっての最大限の愛想なのだろう。
銀貨は椅子に座り直しながら、なんともなしに手元の本へと目を落とした。『厳選! 日本のパワースポット』というタイトルだった。
「角崎ってパワースポットに興味あるんだ。なんか意外だな」
「そうだね。幽霊騒ぎの時も、最初は鼻で笑ってたくらいなのに」
「もしかしてその件があったから、興味もつようになったのかもなあ」
思い返しながら、それが懐かしい思い出になりつつあることに寂しさも覚える。
あっという間だ。
あっという間に1学期が終わり、夏休みが過ぎ、2学期も終了した。
再び物思いに沈む前に、明美が「ねえ山本君」と声をかけてきた。
「なんだい?」
「山本君はさ、パワースポットとか神様とか信じるタイプ?」
「どっちでも……って感じかな。熱心に祈ったりはしないけど、窮地に陥ったら、つい助けを求めて祈っちゃうというか……困ったときの神頼み、みたいな」
後頭部に手を当て、「一番罰当たりなタイプかもね」と苦笑いする。
「神頼み……まったく、お前たちが羨ましい。祈り、懺悔し、可能性を信じられるのだからな」
「……須藤さん?」
いつもと違う雰囲気の明美に、銀貨は眉をひそめた。
明美は独白するように続ける。
「私はなにに祈ればいい? 自分を超える全知全能の存在を、どこに探せばいい? そんなものはないと、私自身が知っているのに」
自暴自棄ともとれる、絶望したような顔。
たっぷり数秒かけて、銀貨は明美の言葉を、無神論的な話なのだろうと結論づけた。
「まあ信じるかどうかは人それぞれだし。僕だって真面目に信じてるわけじゃないし」
「ではもし神がいないとしたら、どうする?」
「ある意味すっきりするかも」
「すっきり?」
「だって神様がいないなら、もう自分で頑張るしかないし。腹もくくれるというか……あくまで僕の場合はだけどね。できること全部やった上で神頼みの人は、また違ってくるんだろうね」
特に考えもなしに言うと、明美は押し黙ってしまった。
(もっと真面目に答えた方がよかったかな……?)
後悔するも、もう遅い。
銀貨はごまかすために話題をそらした。
「そういえばさ、アタラクシアのニュース見た?」
「アタラクシア?」
明美が不快げに眉をひそめる。
もしかして自分との思い出が原因だろうかとさらに気が沈むが、めげずに続ける。
「宣伝の売りにしてた放浪石、レプリカじゃなくて本物だったんだって。園長が気づいて世界守衛機関に報告したって、今朝のローカルニュースでやってたよ」
「あの男か。しらじらしいものだ。強欲だけで渡人の長を散々振り回して、ようやく認める気に――」
つまらなそうに言い捨てようとして、言葉を切る明美。
「……放浪石」
「うん、だからそう――」
「放浪石……そうか」
「須藤さん……?」
呼びかけるも、言葉は届いてないようだった。
明美は瞳を左右に揺らし、想定外の希望を見つけたように、震えながら薄い笑みを浮かべている。
と思いきや突然立ち上がり、
「小僧、悪くない対話だった」
そう言い残して、テスターらのいる司書室へと向かった。
(須藤さん……だよね?)
司書室の扉の向こうに消える明美を見ながら、銀貨は自信なく自問していた。
◇ ◇ ◇