4.死中求生③ いつまで自分の人生に付きまとうのだろうか。
◇ ◇ ◇
聞き慣れたチャイム音が、昼を告げる。終業式の日だからといって特別なメロディーになるわけでもなく、なんのひねりもないただの音だ。
この、学校では定番のチャイム音。これは一体、いつまで自分の人生に付きまとうのだろうか。
銀貨はそんなどうでもいいことを考えながら、読んでいた本をぱたりと閉じた。
小学校、中学校、高校と。場所が変わっても絶えず自分を縛る音。たぶん大学でも聞くことになるだろうし、就職先によっては社会人になってからも聞くことになるだろう。
そうなれば老後を迎えるまで聞き続けるということで、それはある種、一生をかけて擦り込まれる暗示ではなかろうか。音を捉えたら耳を傾けざるを得ない、謎の義務感に支配されるのだ。
(だから昼を告げるチャイムが鳴ったら、急速に空腹を感じ始めるのも暗示なのかもしれない)
いつもなら気にしないのだが、銀貨は頼む心地で腹に手を当てた。この静かな図書室の中、女の子――特に須藤明美の隣で恥ずかしい音は出したくない。
「結構かかるね、テスター君たち」
言いながら、大机を越えた先にある司書室へと目を向ける。閉じた扉の向こうで、テスターとセラが真剣な顔で話し込んでいるのが、窓を通して確認できた。
銀貨と明美も先ほどまではあの部屋にいたのだが、テスターに電話がかかってきた時に、室外へと追い出されたのだ。本当であれば今頃あそこで弁当を食べているはずなのだが、成り行きでお預けとなってしまった。
「秋からずっと慌ただしい感じだし、やっぱり鬼のあの件が大変なんじゃないかな。ちょっと前は排斥デモも頻発してたし……」
銀貨同様に司書室を見て、明美が気遣わしげに言う。
(まあ、そうか。そうだよなあ。顕現だもんなあ……)
世間で騒がれていないからいまいち実感が湧かないが、可能性の中でしか語られていなかった顕現が、現実のものとなったのだ。その身を賭して地球人を護る渡人としては、喫緊も喫緊、早急に手を打たねばならない緊急事態なのだろう。
(……黙っててよかったのかな、僕)
今更ながらに思う。
顕現範囲が限定されているから、今明るみになれば不要な混乱を招くからと説得され、銀貨は顕現について口外しないことを選んだ。
けれどもそれは、もし顕現により地球人に被害が及べば、自分の選択を激しく後悔するということで……
自分をかばって血を流した少女のことを思い出し、銀貨はぞくっと背筋を伸ばした。
(あんなのは、もう嫌だ)
かといって龍登たち渡人のことを思えば、黙っていてあげたいという気持ちもあって……
(……龍登君、か)
「龍登君、このまま学校辞めちゃうのかな」
ずっと気がかりだったことを、口に出す。
もう長いこと会っていない。こんなことならタイミングとか体裁とか気にせず、きちんと謝っておけばよかった。
「大丈夫だよ。今はちょっと忙しいだけ。きっと3学期には学校で会えるよ」
「……そうだね」
明美が励まそうと、努めて明るく言ってくれているのが分かった。だから銀貨はそれに感謝し、彼女に笑いかけようとして――
「須藤さん、どうしたのっ?」
目を丸くして問いかける。
どういう訳か、明美はぽろぽろと涙を流していた。
「え? あれ、私っ? どうしたんだろう? 別に悲しくなんてないのに……」
彼女自身混乱したように、こぼれ落ちる涙を拭う。
こんな場合はなにを言えばいいか分からなくて、銀貨はおろおろと明美の様子を見守った。と――




