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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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4.死中求生① どうして心がかき乱されるのだろうか。

◇ ◇ ◇


 ようやく。ようやくだ。

 永い時を経て、ようやく(ふく)(しゅう)が果たされる。

 なのになぜだろう。

 どうして心がかき乱されるのだろうか。


◇ ◇ ◇


 ()(しん)が初めて顕現した日から、2カ月近くが過ぎた。

 当初は未曽有の出来事に(おそ)れおののいた(しん)(ぼく)たちであったが、対処の(すべ)――それも()(しん)(せん)(めつ)が可能な(すべ)があると判明してからは、次第に落ち着きを取り戻していった。

 顕現により誰かが命を落とすことはなく、地道に着実に()(しん)を追い詰めている。

 だけど確実にすり減っているものはあって。


(お兄ちゃん……)


 セラはクラブ棟の前で足を()めた。手に提げた差し入れのビニール袋が、がさりと鳴る。

 クラブ棟の空き部屋は顕現数が増えて以降、リュート専用の休憩室として提供されていた。しかし最近では休憩室というよりほぼ居室状態で、テスターいわく寮室の方にはほとんど戻っていないという。


 最近はセラの方も、リュートとはろくに会っていない。カートリッジ作製などアシスタントとしての補助作業は、自分でやるからと拒否されるし、顕現現場に様子を見に行くのも、気が散って困るとかで嫌がられる。

 ではそれ以外の時間帯でとなると、もし仮眠を取っているのなら、貴重な睡眠時間の邪魔をしたくないという思いがはたらく。


 加えて、以前から調べている精錬世界や(しん)(ぼく)の史実については、なにも進展が見られない。自分は本当に、なにひとつとして生産的なことができていない――ただの無能であるという事実が、会いに行くのだという決心を鈍らせる。

 だから今回もだいぶ迷ったのだが、心配が勝りここまでやって来たというわけだ。

 意を決しようとぐずぐずしているうちに、背後から足音が近づいてきた。


「やっほー」

「ツクバ先輩。お疲れさまです」


 振り向き、挨拶をする。ツクバはこちらの隣に立つと、数メートル先の扉に目を向けた。


「リューの様子を見に来たの?」

「はい。あの、リュート様は……?」

「元気よ――って言えたらいいんだけど」


 肩をすくめるツクバ。


「よく分からないけど……あの子、難儀な能力をもらっちゃったのね」

「難儀過ぎます。どうしてリュート様がこんな目に」

「どうしてかしら。でもリューにしかできないことだから、あの子がやるしかないのは確かね」

「そんなの、言い訳じみてて()()が出ます」

「でも実際顕現に関して、あたしたちはなにもできないでしょ?」

「それは……」


 口ごもる。


「なにしょぼくれてんのよ」


 ぱしんと背中をたたかれ、セラはうつむけていた顔を上げた。

 ツクバは明るく指を立て、


「だからこそ、あたしたちにできることがあるのなら、食いついてでもやりとげなきゃ」

「そう……ですね」


 最悪な状態だろうと、投げ出すわけにはいかない。やれることをやって耐え抜く。それしかない。


「じゃ、リューによろしくね」


 研究会室に消えるツクバと別れ、右端にある扉の前へと立った。扉にはゴシック体で『顕現待機室』と印字された、間に合わせのA4用紙が貼られている。

 ノックをするが返事はない。

 (しゅん)(じゅん)した後、セラはドアノブを回した。


 中に見えたのは、六畳一間ほどの空間だった。仮眠用の簡易ベッドやローテーブルがあり、奥の棚には増血剤の瓶とカートリッジが大量に並べられている。床に敷かれた畳の上には、ガラクタにしか見えない物体が、無造作に積まれていた。目をすがめて見ると、『(ざん)(こん)研究会寄贈』『疑似質量応用科学研究会寄贈』などと書かれたシールが貼られているようだった。


 必要な物以外は投げやりなスタイルの部屋。その中で、これだけはこだわりをもって配されていると思われるのが、真正面の壁に飾られた二枚の額縁だった。

 額縁にはそれぞれ、オリーブの木を(えが)いた色鉛筆画と、少年少女の集合写真が収められている。今はもういない少女の笑顔を写真に捉え、セラは胸に痛みを覚えた。


「お兄ちゃん……?」


 側面の壁にもたれて座っている、黒髪の少年へと呼びかける。小声だったのは、彼が寝ているかもと思ったからだ。兄は立てた片膝に肘を預け、静かに目を閉じていた。

 が、兄は一呼吸ほど遅れたものの、さして間も空けずにこちらを振り向いた。


「セラ?」


 穏やかな瞳に許可を得たような(あん)()を覚え、セラはブーツを脱いで室内へと上がった。


「差し入れ。疲れてる時はやっぱ糖分よね」


 (おお)()()に袋を見せつけ、ローテーブルの上へと置く。兄の隣に腰を下ろしながら、セラは床のがらくたに顎をしゃくった。


「あれはツクバ先輩とフリスト先輩から?」

「ああ。オリジナル健康グッズだって」

「効くの?」

「全然」


 苦笑するリュート。セラもつられて笑った。

 ここに来る前は、久々にどう話せばいいのか悩んだものだ。しかしいざ口を(ひら)けば、案外話は弾むではないか。

 セラは調子づいて、冗談交じりに説教を始めた。


「お兄ちゃんってば、最近ここにばっか入り浸ってるでしょ。精神衛生上良くないわよ、そういうの」

「ここからの方が、顕現現場に行きやすいんだよ」

「そういうことを言ってるんじゃないわ。自分の部屋に帰るってことが大事なの。当たり前の繰り返しって、結構重要よ」

「アスラも同じようなこと言ってたな」


 リュートは薄く笑みを浮かべ、懐へと手を伸ばした。と――


「っ――⁉」


 リュートの温和な表情に亀裂が生じる。


「お兄ちゃん……?」

「ないっ……懐中時計が……」


 兄は絶望的な声を上げて、衣服をまさぐり始めた。


「そんな、あれがないと俺っ……」


 顔面(そう)(はく)のリュートを見て、がつんと殴られたような衝撃を覚える。


(私の目は節穴なの……?)


 最悪だ。

 穏やかな瞳? 苦笑? なに都合のいい解釈をしているのか。

 兄はただ生気がないだけだ。

 幾百と殺してそして()()()()()、精神をすり減らして。

 それでもぷつりと切れてしまいそうな細い糸にすがり、ギリギリのところで耐えているだけなのだ。

 その細い糸が、アスラの(のこ)した懐中時計なのだ。


「あれだけなのに……あれだけが俺をっ……」


 リュートはついには腰を浮かせて、手当たり次第に手を伸ばし始める。その背中はひどく頼りなく小さくて、一押しすれば倒れてしまいそうなほど弱々しく見えた。


「お兄ちゃん!」


 部屋を見回したセラは、慌ててリュートを制止した。


「大丈夫、落ち着いて。懐中時計はそこにあるから」


 ローテーブルの下を指さす。そこにはアンティーク調の懐中時計が落ちていた。


「ああ、よかった……」


 リュートは安心したように手を伸ばし――

 その手が、すかっと(くう)をつかんだ。懐中時計はつかめずに。

 ぞわっと、嫌な予感が駆け抜ける。

 兄の目は懐中時計の方を向いてはいたが、どこか焦点が定まっていなかった。

 二度三度の空振りを経てようやく、リュートの手は懐中時計をつかんだ。


「お兄ちゃん……?」


 思い知る。

 自分の目は、やはり節穴なのだと。

 最悪なんて、()(かつ)に吐いていい言葉ではないのだと。


「まさか……目が、見えないの……?」


 悪いことは、常に更新されていくのだから。


◇ ◇ ◇

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