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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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3.鬼哭啾々⑦ 化け物!

◇ ◇ ◇


 タカヤの言う通り、正門の外側にはデモ隊が集結していた。テレビで見たのと同じようなプラカードを掲げ、シュプレヒコールを上げている。

 この付近に顕現した()(しん)はすでに始末されたようで、次元のゆがみは元に戻っていた。

 が、それはつまりよりによって、デモ隊の前で()(しん)を切り刻んだということだ。それは彼らの怒りに拍車をかけたに違いない。

 そして憎悪の視線が行き着く先は――


「リュート様っ……」


 正門すぐそばの敷地内通路の真ん中に、ひとりの少年が立ち尽くしていた。

 だらりと下げられた()(けん)()は不安定にゆがみ、両脚は今にも膝を折りそうに頼りない。たまたまこちらを向いていた顔は(そう)(はく)で、目の焦点はまるで定まっていなかった。見えないなにかにおびえるように、息荒く肩を上下させている。

 外傷としては出てこないため分かりにくいが、殺した分だけ死を味わうようなものだ。その負担はいかほどのものだろう。

 (おとり)役の守護騎士(ガーディアン)が気遣わしげに差し出した手を、リュートはかぶりを振って退(しりぞ)けた。動きに合わせて揺れる白銀の髪も、疲れがにじんだ金色の目も、新鮮味を感じないほどに見慣れてしまった。それが悲しかった。

 デモ隊を無視して去ろうとするリュートの背中を、彼らの怒号が追いかける。


「人でなし! 化け物!」

「命をなんだと思ってるんだ⁉」

「この……虐殺者が!」


 ついには言葉だけでなく、一握りほどの石まで投げられる。それは皮肉なほどによく飛んで、リュートの後頭部に命中した。


「っ! ちょっと――」


 セラは道の陰から飛び出そうとしたが、グッと肩をつかまれ引き戻された。振り払おうと邪魔者――テスターを振り向き、言葉を失う。

 彼はこちらに目も向けず、リュートとデモ隊を見ていた。ひたすらに冷たいまなざしで。

 いつもお気楽に(ひら)かれる口は、隙間から致命的ななにかが発されるのを抑えているかのように、固く閉ざされている。こちらの肩をつかむ手には必要以上に力が入り、痛いくらいだ。


「テスター君……?」


 自分と同等以上に怒り狂っている彼を見て、セラは逆に自分が冷静になっていくのを感じた。

 それでも心配なことには変わらず、渦中の現場に目を向ける。

 石を投げたのは、デモ隊の先頭にいた者たちのひとりだった。明確な意志でもってというよりは、その場の熱にあおられてやってしまっただけらしい。投げつけたフォームのまま、男が戸惑うように、地面に落ちた石とリュートの頭を見比べていた。

 が、すぐに言い訳じみた声を上げる。


「……お、鬼の痛みはそんなもんじゃないからな!」


 そうだそうだ! と他の参加者が同調する。後頭部を左手で押さえる以上の反応を示さないリュートに、次々と()()が襲いかかる。


「ずるイタチめ!」

「今すぐ剣を置け! 鬼を殺して心が痛まないのか⁉」

「私たちは鬼の()()()として、あなたを糾弾するわ!」


 と――

 リュートがなにかをつぶやいた。デモ隊の声にかき消されてこちらの耳には届かなかったが、唇の動きから「……るせえな」と言ったように見えた。

 兄は後頭部からぱたりと手を落とし、デモ隊を振り向いた。初めて向けられた直接的な反応に、デモ隊の声が収まる。そのため今度は、リュートが発した声も聞こえた。


「なにが鬼の代弁者だ……剣を置けだと? 置いたら死ぬのはてめえらなんだぞ」


 ギリギリとうなるように抑えた声。対してデモ隊は常に全開だった。


「決めつけないで! 鬼が本当に危険とは限らないじゃない!」

「鬼が凶暴になるのは、貴様らみたいなクズがあおるからだ!」

「私たちは断固として戦うわ! 鬼を救うために――」

「鬼を、救うだと……?――笑わせんなっ!」


 リュートは()えて右手を振るった。握られた()(けん)(くう)()ぐ。


「だったら救えよ今すぐ鬼を! できるのか? できねえだろ⁉」

「ちょっと君、落ち着いて――」


 なだめにかかった守護騎士(ガーディアン)の手を振り払い、兄がデモ隊へと身を乗り出す。


「なにもできねえならなにもすんなっ! 地球人様は、おとなしく(まも)られてりゃいいんだよっ!」

「なんだと⁉」

「ついに本音が出たな、野蛮種族がっ!」


 デモ隊の先頭組が、閉ざされた正門に足を掛ける。乗り越えようというのだろう。


「まずいっ……」


 さすがにこれ以上の傍観は無理だと思ったのか、テスターが一歩踏み出した。

 しかし彼が向かうよりも先に、突如現れた人影がリュートに跳び蹴りを食らわせた。心身へのダメージに加え意識が完全にデモ隊にいっていたリュートは、人形のようにあっけなく倒れた。その背中を容赦なく踏みつけた人影――守護騎士(ガーディアン)姿の青年が、上半身をねじってデモ隊を振り返った。


「すみませんね、こいつまだ訓練生なもんで。わきまえるようしつけときます」

「……レオナルド先輩?」


 ()ゆる緑のような髪を見て、思い出す。彼はいつかの特別講義で世話になった、即応部隊のレオナルドだった。


「いやあ。皆さまが暴力行為に訴える、野蛮なデモ隊でなくてよかった。たとえ意見が対立しても、理性的に解決を目指したいですからね」


 靴裏で後輩の背を踏みにじりながら笑うレオナルド。突発的な事態に圧倒されたデモ隊は、ぽかんと彼を注視していた。先ほどのセラと同様、自分以上の激しさを見せられて、意気がくじけたようだ。

 レオナルドは足を引っ込めると、今度は靴先でリュートの腹を蹴り上げた。反動で浮いた腕をつかんでリュートを雑に立ち上がらせると、くるりとデモ隊の方を向き、


(みな)さまの貴重なご意見、早速上層部へと伝えさせていただきます。それではこれで」


 敬礼をしてきびすを返し、リュートを引きずるようにして歩きだす。

 デモ隊は最初のうちはそれを眺めていたものの、


「な……なんなんだ! 話はまだ終わってないぞ!」

「私たちは妥協しないわ!」


 すぐに我に返って、再度シュプレヒコールを上げだした。


「へいへい、お好きに叫んでどうぞー」


 正門に背を向けているのをいいことに、レオナルドが舌を出す。セラとテスターはレオナルドの元へと駆け寄った。


「リュート様、大丈夫ですか⁉」

「すみません、助かりました」


 テスターがレオナルドに頭を下げる。レオナルドはセラにリュートを引き渡しながら、


「悪いな。あいつらの不意を突くためとはいえ、ちょっとやり過ぎた。大丈夫か少年?」

「はい。()めてくださってありがとうございます」


 下を向いたまま、リュートが答える。そのため表情が読み取れない。


「取り乱してすみませんでした。以後気をつけます」

「リュート様。()(しん)はもういないから、力を()いても大丈夫ですよ」


 言うセラを無視してリュートは、


「悪い。疲れたから休んでくる――失礼します」


 最後の一言はレオナルドに向けてから、自力で歩きだした。

 かたくなな背を見送りながら、レオナルドはぽりぽりと頭をかき、聞いてきた。


「なあ。あいつ本当に大丈夫なのか?」


 その言葉に返す答えを、セラは持ち合わせてはいなかった。


◇ ◇ ◇

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