3.鬼哭啾々⑦ 化け物!
◇ ◇ ◇
タカヤの言う通り、正門の外側にはデモ隊が集結していた。テレビで見たのと同じようなプラカードを掲げ、シュプレヒコールを上げている。
この付近に顕現した堕神はすでに始末されたようで、次元のゆがみは元に戻っていた。
が、それはつまりよりによって、デモ隊の前で堕神を切り刻んだということだ。それは彼らの怒りに拍車をかけたに違いない。
そして憎悪の視線が行き着く先は――
「リュート様っ……」
正門すぐそばの敷地内通路の真ん中に、ひとりの少年が立ち尽くしていた。
だらりと下げられた緋剣の刃は不安定にゆがみ、両脚は今にも膝を折りそうに頼りない。たまたまこちらを向いていた顔は蒼白で、目の焦点はまるで定まっていなかった。見えないなにかにおびえるように、息荒く肩を上下させている。
外傷としては出てこないため分かりにくいが、殺した分だけ死を味わうようなものだ。その負担はいかほどのものだろう。
囮役の守護騎士が気遣わしげに差し出した手を、リュートはかぶりを振って退けた。動きに合わせて揺れる白銀の髪も、疲れがにじんだ金色の目も、新鮮味を感じないほどに見慣れてしまった。それが悲しかった。
デモ隊を無視して去ろうとするリュートの背中を、彼らの怒号が追いかける。
「人でなし! 化け物!」
「命をなんだと思ってるんだ⁉」
「この……虐殺者が!」
ついには言葉だけでなく、一握りほどの石まで投げられる。それは皮肉なほどによく飛んで、リュートの後頭部に命中した。
「っ! ちょっと――」
セラは道の陰から飛び出そうとしたが、グッと肩をつかまれ引き戻された。振り払おうと邪魔者――テスターを振り向き、言葉を失う。
彼はこちらに目も向けず、リュートとデモ隊を見ていた。ひたすらに冷たいまなざしで。
いつもお気楽に開かれる口は、隙間から致命的ななにかが発されるのを抑えているかのように、固く閉ざされている。こちらの肩をつかむ手には必要以上に力が入り、痛いくらいだ。
「テスター君……?」
自分と同等以上に怒り狂っている彼を見て、セラは逆に自分が冷静になっていくのを感じた。
それでも心配なことには変わらず、渦中の現場に目を向ける。
石を投げたのは、デモ隊の先頭にいた者たちのひとりだった。明確な意志でもってというよりは、その場の熱にあおられてやってしまっただけらしい。投げつけたフォームのまま、男が戸惑うように、地面に落ちた石とリュートの頭を見比べていた。
が、すぐに言い訳じみた声を上げる。
「……お、鬼の痛みはそんなもんじゃないからな!」
そうだそうだ! と他の参加者が同調する。後頭部を左手で押さえる以上の反応を示さないリュートに、次々と野次が襲いかかる。
「ずるイタチめ!」
「今すぐ剣を置け! 鬼を殺して心が痛まないのか⁉」
「私たちは鬼の代弁者として、あなたを糾弾するわ!」
と――
リュートがなにかをつぶやいた。デモ隊の声にかき消されてこちらの耳には届かなかったが、唇の動きから「……るせえな」と言ったように見えた。
兄は後頭部からぱたりと手を落とし、デモ隊を振り向いた。初めて向けられた直接的な反応に、デモ隊の声が収まる。そのため今度は、リュートが発した声も聞こえた。
「なにが鬼の代弁者だ……剣を置けだと? 置いたら死ぬのはてめえらなんだぞ」
ギリギリとうなるように抑えた声。対してデモ隊は常に全開だった。
「決めつけないで! 鬼が本当に危険とは限らないじゃない!」
「鬼が凶暴になるのは、貴様らみたいなクズがあおるからだ!」
「私たちは断固として戦うわ! 鬼を救うために――」
「鬼を、救うだと……?――笑わせんなっ!」
リュートは吠えて右手を振るった。握られた緋剣が空を薙ぐ。
「だったら救えよ今すぐ鬼を! できるのか? できねえだろ⁉」
「ちょっと君、落ち着いて――」
なだめにかかった守護騎士の手を振り払い、兄がデモ隊へと身を乗り出す。
「なにもできねえならなにもすんなっ! 地球人様は、おとなしく護られてりゃいいんだよっ!」
「なんだと⁉」
「ついに本音が出たな、野蛮種族がっ!」
デモ隊の先頭組が、閉ざされた正門に足を掛ける。乗り越えようというのだろう。
「まずいっ……」
さすがにこれ以上の傍観は無理だと思ったのか、テスターが一歩踏み出した。
しかし彼が向かうよりも先に、突如現れた人影がリュートに跳び蹴りを食らわせた。心身へのダメージに加え意識が完全にデモ隊にいっていたリュートは、人形のようにあっけなく倒れた。その背中を容赦なく踏みつけた人影――守護騎士姿の青年が、上半身をねじってデモ隊を振り返った。
「すみませんね、こいつまだ訓練生なもんで。わきまえるようしつけときます」
「……レオナルド先輩?」
萌ゆる緑のような髪を見て、思い出す。彼はいつかの特別講義で世話になった、即応部隊のレオナルドだった。
「いやあ。皆さまが暴力行為に訴える、野蛮なデモ隊でなくてよかった。たとえ意見が対立しても、理性的に解決を目指したいですからね」
靴裏で後輩の背を踏みにじりながら笑うレオナルド。突発的な事態に圧倒されたデモ隊は、ぽかんと彼を注視していた。先ほどのセラと同様、自分以上の激しさを見せられて、意気がくじけたようだ。
レオナルドは足を引っ込めると、今度は靴先でリュートの腹を蹴り上げた。反動で浮いた腕をつかんでリュートを雑に立ち上がらせると、くるりとデモ隊の方を向き、
「皆さまの貴重なご意見、早速上層部へと伝えさせていただきます。それではこれで」
敬礼をしてきびすを返し、リュートを引きずるようにして歩きだす。
デモ隊は最初のうちはそれを眺めていたものの、
「な……なんなんだ! 話はまだ終わってないぞ!」
「私たちは妥協しないわ!」
すぐに我に返って、再度シュプレヒコールを上げだした。
「へいへい、お好きに叫んでどうぞー」
正門に背を向けているのをいいことに、レオナルドが舌を出す。セラとテスターはレオナルドの元へと駆け寄った。
「リュート様、大丈夫ですか⁉」
「すみません、助かりました」
テスターがレオナルドに頭を下げる。レオナルドはセラにリュートを引き渡しながら、
「悪いな。あいつらの不意を突くためとはいえ、ちょっとやり過ぎた。大丈夫か少年?」
「はい。止めてくださってありがとうございます」
下を向いたまま、リュートが答える。そのため表情が読み取れない。
「取り乱してすみませんでした。以後気をつけます」
「リュート様。堕神はもういないから、力を解いても大丈夫ですよ」
言うセラを無視してリュートは、
「悪い。疲れたから休んでくる――失礼します」
最後の一言はレオナルドに向けてから、自力で歩きだした。
かたくなな背を見送りながら、レオナルドはぽりぽりと頭をかき、聞いてきた。
「なあ。あいつ本当に大丈夫なのか?」
その言葉に返す答えを、セラは持ち合わせてはいなかった。
◇ ◇ ◇