表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
369/389

3.鬼哭啾々⑥ むしろ考えたくもない。

◇ ◇ ◇


 女神の言う通り、顕現の頻度は徐々に高まっていった。

 出てきたら殺すしかなく、痛みにさいなまれながら殺し続けた。

 殺し殺され続けていけば、いずれはどこかにたどり着く。そう信じてやり抜くしかない。

 始めた以上は止まれない。これまで殺した命が無駄になってしまうから。

 彼女が消えた意味もなくなってしまうから。

 考える暇もない。むしろ考えたくもない。

 自分の望む終着地点も分からぬまま、リュートはただひたすらに殺し続けた。


◇ ◇ ◇ ◇


 熱を帯びたまなざしで、何十人もの人々が公道を練り歩く。


「鬼の生命権を認めろ!」

(まも)るのは人権だけでいいのか⁉」


 彼らは口々に叫び、手にしたプラカードを勇ましく掲げる。プラカードには『()(けん)はいずこ?』『(まも)るのは人だけ?』などの言葉が踊っていた。


「なにが鬼の生命権よ。なんにも分かってないくせに」


 天井近くに設置された液晶テレビのニュース映像をにらみ上げ、セラはふんと鼻を鳴らした。

 少し遅めの昼食とあって、食堂内は比較的()いていた。飛び交う雑談が少なければ、テレビの控え目な音量だって耳に届く。その内容が不愉快なデモを伝えるものならなおさらだ。


「そりゃまあ、なにも話してないからな。向こうからすれば、俺たちが分からず屋なんじゃないか?」


 向かいに座るテスターが、パスタをつつきながら涼しげな顔で指摘してくる。それは正論かもしれなかったが、聞きたくはない正論だった。


「だとしても、記念日や啓発週間にかこつけてデモばっか起こして……どうしろっていうのよ」

「あっちは生命の尊さを叫んで野蛮種族を断罪する。渡人(こつち)は前向きに検討するふうを装って受け流す。それでいいだろ」

「受け流せないから困ってるのよ」


 セラは空になった器の(ふち)に手を()れながら、再びテレビ画面を注視した。

 12月10日を最終日とする1週間は、国が定めた人権週間にあたる。この期間は排斥派によるデモが多発する傾向にあるので、(わたり)(びと)にとっては要注意期間となる。今テレビで流れている映像も、昨日(きのう)土曜日に都心で行われたものだ。

 デモ頻発のあおりを受け、セラとテスターも登下校の際など、いつも以上に気を張らざるを得ない状況が続いていた。

 自分たちを忌み嫌う者たちの視線が突き刺さる。それだけでなく、侮蔑や嫌忌の感情が空中に漂い、肌からじわじわ浸透してくるようだ。それは細かなガラス片のように痛くて、内側から少しずつ傷を増やしていく。


「……角崎(りん)には感謝しなきゃいけないわね」


 まさか言うことになるとは思わなかった言葉を、ため息とともに吐き出す。

 (りん)の傷はすぐに治療を受けられたこともあり、今ではすっかり完治した。学校にも問題なく通っており、辛辣な態度も平常運転だ。

 だから今でも意外に思う。彼女がこちらの求めに応じてくれたのは。


「顕現について黙ってろだなんて、絶対聞き入れてはもらえないと思ってたわ。山本銀貨はともかくとして」


 それでも口止めせぬわけにはいかず、「必ず早急に解決するからひとまずは黙っていてくれ」と懇願に近い形で頼んだのだ。顕現は限定された空間でしか確認されておらず、(きっ)(きん)の脅威ではないと下手な(うそ)までついて。

 (りん)はそれを了承してくれたどころか、()()についてのあからさまなもみ消しにも協力してくれた。通り魔に襲われたという()()が成立していなければ、今頃は顕現について露見していただろう。そこまでいかずとも、(わたり)(びと)の管轄内で地球人を事故に遭わせたと、批判の嵐を受けていたに違いない。


「彼女もいろいろ変わってきてるんだろ。それとも一応俺たちも、友人のくくりには入れてもらえてんのかもな」

「ていうか、ほぼほぼ以上にテスター君絡みの理由だとは思うけど」


 気楽に言うテスターに、セラはじとっとした視線を送った。


「? なにがだ?」

「別に」


 ぷいと顔を背ける。鈍いのか、気づいていてあえてなのか。この澄ました顔の男は、後者の可能性も普通に有り得るのが面倒くさい。


「……お兄ちゃん、大丈夫かしら」


 そらした結果行き着いた視線の先に、食べかけの皿を見て。セラはぽつりとつぶやいた。

 昼食の最中に顕現が起き、リュートは中座して()(しん)を狩りに行ったのだ。付いていこうとしたら、気が散るから来るなと言われ、仕方なくここで待っているのだが……


「あいつが気が散るって言うなら従おうぜ。余計な親切の結果、気が散って返り討ちに遭いましたじゃ冗談にもならないだろ?」

「そうだけどっ――」

「セラ先輩っ!」


 反論を遮ったのは、生真面目さをまとう呼び声だった。

 声のした方を振り向くと、金髪の少年が立っていた。息を切らしており、ここまで走ってきたのだとうかがえる。


「タカヤさん? なにかあったんですか?」


 聞くとタカヤは、迷うように目を泳がせた。急いで来たものの、言うべきなのかここにきてためらっているようだ。


「その……余計なことかもしれないですけど、一応伝えておこうと思って……」

「なにをです?」


 タカヤの目を見て、積極的に問う姿勢を見せる。それに後押しされるような形で、タカヤが続きを述べた。


「今正門前に、デモ隊が来てるみたいなんです」

「正門に?」


 暇なやつらめと思うが、いぶかしむ。タカヤはわざわざそれを伝えに来たのかと。


「まずいな……」


 聞かせるというよりは、思わず漏れた言葉だったのだろう。向かいから届いた小さなつぶやきに眉をひそめ――理解する。


「正門って……リュート様が()(しん)対処中じゃないですかっ!」


 引きつった声を上げると、タカヤが助けを乞うようにうなずいた。


「はい。それで地球人たちがリュート先輩を見て、鬼殺しの蛮族め! ってわめいていて……」

「馬鹿馬鹿しいっ……」


 吐き捨て、セラは立ち上がった。

 もちろん、馬鹿共が馬鹿をしていないか見に行くためだ。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ