3.鬼哭啾々⑥ むしろ考えたくもない。
◇ ◇ ◇
女神の言う通り、顕現の頻度は徐々に高まっていった。
出てきたら殺すしかなく、痛みにさいなまれながら殺し続けた。
殺し殺され続けていけば、いずれはどこかにたどり着く。そう信じてやり抜くしかない。
始めた以上は止まれない。これまで殺した命が無駄になってしまうから。
彼女が消えた意味もなくなってしまうから。
考える暇もない。むしろ考えたくもない。
自分の望む終着地点も分からぬまま、リュートはただひたすらに殺し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
熱を帯びたまなざしで、何十人もの人々が公道を練り歩く。
「鬼の生命権を認めろ!」
「護るのは人権だけでいいのか⁉」
彼らは口々に叫び、手にしたプラカードを勇ましく掲げる。プラカードには『鬼権はいずこ?』『護るのは人だけ?』などの言葉が踊っていた。
「なにが鬼の生命権よ。なんにも分かってないくせに」
天井近くに設置された液晶テレビのニュース映像をにらみ上げ、セラはふんと鼻を鳴らした。
少し遅めの昼食とあって、食堂内は比較的空いていた。飛び交う雑談が少なければ、テレビの控え目な音量だって耳に届く。その内容が不愉快なデモを伝えるものならなおさらだ。
「そりゃまあ、なにも話してないからな。向こうからすれば、俺たちが分からず屋なんじゃないか?」
向かいに座るテスターが、パスタをつつきながら涼しげな顔で指摘してくる。それは正論かもしれなかったが、聞きたくはない正論だった。
「だとしても、記念日や啓発週間にかこつけてデモばっか起こして……どうしろっていうのよ」
「あっちは生命の尊さを叫んで野蛮種族を断罪する。渡人は前向きに検討するふうを装って受け流す。それでいいだろ」
「受け流せないから困ってるのよ」
セラは空になった器の縁に手を触れながら、再びテレビ画面を注視した。
12月10日を最終日とする1週間は、国が定めた人権週間にあたる。この期間は排斥派によるデモが多発する傾向にあるので、渡人にとっては要注意期間となる。今テレビで流れている映像も、昨日土曜日に都心で行われたものだ。
デモ頻発のあおりを受け、セラとテスターも登下校の際など、いつも以上に気を張らざるを得ない状況が続いていた。
自分たちを忌み嫌う者たちの視線が突き刺さる。それだけでなく、侮蔑や嫌忌の感情が空中に漂い、肌からじわじわ浸透してくるようだ。それは細かなガラス片のように痛くて、内側から少しずつ傷を増やしていく。
「……角崎凜には感謝しなきゃいけないわね」
まさか言うことになるとは思わなかった言葉を、ため息とともに吐き出す。
凜の傷はすぐに治療を受けられたこともあり、今ではすっかり完治した。学校にも問題なく通っており、辛辣な態度も平常運転だ。
だから今でも意外に思う。彼女がこちらの求めに応じてくれたのは。
「顕現について黙ってろだなんて、絶対聞き入れてはもらえないと思ってたわ。山本銀貨はともかくとして」
それでも口止めせぬわけにはいかず、「必ず早急に解決するからひとまずは黙っていてくれ」と懇願に近い形で頼んだのだ。顕現は限定された空間でしか確認されておらず、喫緊の脅威ではないと下手な嘘までついて。
凜はそれを了承してくれたどころか、怪我についてのあからさまなもみ消しにも協力してくれた。通り魔に襲われたという事件が成立していなければ、今頃は顕現について露見していただろう。そこまでいかずとも、渡人の管轄内で地球人を事故に遭わせたと、批判の嵐を受けていたに違いない。
「彼女もいろいろ変わってきてるんだろ。それとも一応俺たちも、友人のくくりには入れてもらえてんのかもな」
「ていうか、ほぼほぼ以上にテスター君絡みの理由だとは思うけど」
気楽に言うテスターに、セラはじとっとした視線を送った。
「? なにがだ?」
「別に」
ぷいと顔を背ける。鈍いのか、気づいていてあえてなのか。この澄ました顔の男は、後者の可能性も普通に有り得るのが面倒くさい。
「……お兄ちゃん、大丈夫かしら」
そらした結果行き着いた視線の先に、食べかけの皿を見て。セラはぽつりとつぶやいた。
昼食の最中に顕現が起き、リュートは中座して堕神を狩りに行ったのだ。付いていこうとしたら、気が散るから来るなと言われ、仕方なくここで待っているのだが……
「あいつが気が散るって言うなら従おうぜ。余計な親切の結果、気が散って返り討ちに遭いましたじゃ冗談にもならないだろ?」
「そうだけどっ――」
「セラ先輩っ!」
反論を遮ったのは、生真面目さをまとう呼び声だった。
声のした方を振り向くと、金髪の少年が立っていた。息を切らしており、ここまで走ってきたのだとうかがえる。
「タカヤさん? なにかあったんですか?」
聞くとタカヤは、迷うように目を泳がせた。急いで来たものの、言うべきなのかここにきてためらっているようだ。
「その……余計なことかもしれないですけど、一応伝えておこうと思って……」
「なにをです?」
タカヤの目を見て、積極的に問う姿勢を見せる。それに後押しされるような形で、タカヤが続きを述べた。
「今正門前に、デモ隊が来てるみたいなんです」
「正門に?」
暇なやつらめと思うが、いぶかしむ。タカヤはわざわざそれを伝えに来たのかと。
「まずいな……」
聞かせるというよりは、思わず漏れた言葉だったのだろう。向かいから届いた小さなつぶやきに眉をひそめ――理解する。
「正門って……リュート様が堕神対処中じゃないですかっ!」
引きつった声を上げると、タカヤが助けを乞うようにうなずいた。
「はい。それで地球人たちがリュート先輩を見て、鬼殺しの蛮族め! ってわめいていて……」
「馬鹿馬鹿しいっ……」
吐き捨て、セラは立ち上がった。
もちろん、馬鹿共が馬鹿をしていないか見に行くためだ。
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