3.鬼哭啾々④ これって結構、やばいんじゃ……?
◇ ◇ ◇
「幻出? いえこれはっ……」
守衛の守護騎士が、緊迫した面持ちで窓の外に目を向ける。
銀貨も釣られて視線をずらすが、勢いよく開いた扉に注意をさらわれた。
「どけ!」
応接室から飛び出てきた龍登が、銀貨を乱暴に押しのけ出口へと向かう。
「お前ら、絶対にここから出るなよ!」
「なによ相変わらず偉そうに!」
凜が龍登の背に向け舌を出す。
しかし銀貨は気づいていた。
相変わらずではない。
語気荒く言い捨てる龍登から感じ取ったのは、かつてないほどの、限界まで張り詰められたかのような切迫感だった。
(どういうこと? 鬼ならいつも狩ってるのに)
答えを求めて、銀貨は窓へと駆け寄った。出ちゃいけないなら、ギリギリからのぞき見るまでだ。
(やっぱり鬼だ)
守衛所の外に、鬼が幻出している。
そこへ龍登が立ち塞がり、鬼を狩ろうとしているのだが……
(なんだろう。なにか変な感じだ……)
目をすがめて凝視し――ピンとくる。
(存在感がおかしいんだっ)
外はいまだに土砂降りで、アスファルトの地面や龍登の身体を、大粒の雨が激しくたたいていた。
そしてこの世界のものには触れられないはずの、鬼の白い巨体をも。
(幻出じゃなくて、完全に具現化してる……?)
そういう恐れがあるというのは、聞いたことはあった。
しかし実際に起こるかどうかについては、正直言って隕石の激突くらい現実味のない話だと思っていた。
(ちょっと待てよ……これって結構、やばいんじゃ……?)
心拍数が上がるのを自覚する。
かじりつくようにして窓から外を見ていると、いつの間にか隣にいた凜が呆然と聞いてきた。
「ねえ……あいつの髪、なんか白くなってない……?」
言われてようやく気づく。違和感の正体がひとつだけではなかったことに。
(龍登君の髪が……)
鬼と対峙する龍登。その頭を彩るのは一般的な日本人と同じ、黒色のはずだった。
しかし今の彼は――雨で判別しづらいが――白か、銀色に近い髪色をしていた。
「さっき見た時は確かに黒かったと思うけど……」
「あまり窓に寄らないでくださいね。せっかくリュート様が引きつけてくれてるのに、鬼に気づかれたら元も子もないですから」
若干のとげとげしさを含んだ物言いに振り向けば、瀬良がテスター・明美と共に応接室から出てきたところだった。
「ねえちょっと。あいつの髪の毛どうなってんの?」
瀬良の言葉を豪快に無視して、凜が問う。
「ああ、あれか? んー……なんていうか、ドーピングの効果っていうか弊害っていうか……今のあいつは時折外見が変わるんだ。俺も昨夜見て驚いたけど、ま、気にしないでやってくれ」
「じゃあ鬼は?」
銀貨がそう口を挟むと、場の温度が一段階下がった気がした。
「あの鬼、幻出の域を超えて完全にこっちに来てる……よね?」
「……はぁっ⁉ ちょ、あんたなに言ってんの? それ本当だったらヤバいじゃん!」
気づいていなかったのか、凜が今更慌てふためく。
「目ざといな」
されたくなかった質問を受けた教師のような顔で、テスターが応じた。
「でもだったらなおのこと、窓から離れてこっちに来てほしいかな」
冗談めかして言いながら、ちらりと窓の外を見るテスター。
普段は呑気に構えている彼が、気遣うように龍登を見ている。
それが不安をかき立てた。
◇ ◇ ◇
「お前ら、絶対にここから出るなよ!」
リュートは言い捨て、守衛所の外へと飛び出した。
待ち構えていたように、容赦なく雨が顔を打つ。
視界を遮る雨粒に舌打ちしながら、緋剣を発動させるリュート。
「そっちじゃないこっちだ!」
金色の目で堕神をにらみつけ、守衛所から引き離すように移動する。
ある程度まで堕神を引きつけたところでリュートは身を翻し、背後にある木を駆け上った。
そのまま宙返りするように、上方向から堕神へと斬りかかる。
(受け入れてしまえば覚悟も決まる)
胸中で繰り返し、歯を食いしばる。粛々とこなしていけば、いつかは終わるのだ。
堕神の首筋に刃が迫り――
――ヤメテッ!
「なっ……⁉」
とっさにずらした切っ先は堕神の肩口をえぐった。
着地と同時に後方へと跳び、堕神から距離を取る。
時間差でやって来た肩の痛みにあえぎながら、混乱する頭を必死に落ち着かせる。
(なんだ今のは? まるで堕神が――)
――痛イッ!
「っ……」
頭に直接堕神の声が響く。ただしそれは、
(おびえて、痛がっている……堕神が?)
憎しみ以外の感情も育っているというのか。
――怖イ! 痛イ怖イ痛イ痛イ痛イ痛イッ!
突きつけられる堕神の感情が、こちらの心を揺さぶってくる。
「くそ……こんなのさすがに、ずるいだろっ……」
リュートは顔をゆがめた。
と、
――痛イ痛イ痛イ痛イイタイ痛イイタイイタイッッッ!
「しまっ……」
なりふり構わず突撃してきた堕神に、リュートの身体は吹き飛ばされた。
◇ ◇ ◇