3.鬼哭啾々③ まるでそれが呪文であるかのように
◇ ◇ ◇
守衛所の応接室に現れたリュートは、一目で分かるほどうろたえていた。
「な……んでお前らがっ……」
「言いたいことは分かるぜリュート」
彼が皆まで言う前に、テスターは口を挟んだ。
顕現が起きた場所に地球人――それもひとりは女神と同化した――を招くなど、通常であれば正気の沙汰ではない。自分だって同じ気持ちだ。
しかし、
「リュート様。これは彼女の要望なんです」
セラが含みを込めて明美を一瞥する。
「彼女の?」
察したリュートは、なんとも複雑な視線を明美に向けた。
感情をぶつけたい相手がすぐそばにいるのに、直接的には触れられない。不完全燃焼のいら立ちを内包したまなざしだった。
「というか龍登君、そんな出歩いてていいのかい? ひどい風邪だったんじゃ……だからお見舞いに来たんだけど」
「風邪?……ああ、そういうことになってんのか」
ちらりと銀貨に目を移し、合点がいったようにつぶやくリュート。
耳ざとく聞きつけた凜が、ぐいと前へ出た。
「は? まさか仮病だったわけ? ふざけんな死ねっ」
リュートは、今度は変なものを見たかのような目で凜を見た。気味悪そうに、
「つか、お前がいるのが一番驚きなんだけど……まさか角崎も見舞いに?」
「はぁっ⁉ ちょっとやめてよマジでキモい! 私はただこいつらが訓練校行くっていうから、冷やかしでついてきただけだし!」
必要以上にわめき散らす凜。
リュートはそんな彼女とこちらとを交互に見やると、「ああ、なるほど」と興味なさそうに自己完結した。
「お話中ごめんなさいね」
守衛室へ続く扉から、ひとりの女性守護騎士が姿を現す。
「地球人の皆さん。注意事項の伝達等があるので、こちらに来てもらえるかしら」
手招きをする彼女の元に、銀貨たちが集まりだす。
と、テスターはすかさず手を挙げた。明美を目で指し、
「あ、この子だけ後に回してもらえますか。少し個別に、俺らから伝達事項がありまして」
その台詞をいぶかしんだのは、守衛守護騎士と銀貨と凜の3人。
つまりは個別の伝達事項に関わりない者たちだ。
問いただされるかと思ったが、守護騎士は存外あっさりと承諾し、
「では彼女には後で」
と銀貨と凜を連れ出ていった。もしかしたら、セシルからなにか言い聞かされていたのかもしれない。
ともあれこれで、気兼ねなく話せる環境が整った。
「さて女神様。できれば情報開示していただけると、俺らとしてはうれしい限りなんですが」
「ほう。貴様も随分となれなれしくなってきたな」
眉を上げる明美――いや女神に向かって、テスターはひょいと肩をすくめた。
「リュートの影響ですかね、申し訳ありません」
「まあ、別に構わぬ」
「それで本題なんですが。ここは顕現が起きた場所です。居座るのは危険ですよ」
上座のソファを勧めながら、警告を発する。
女神は鼻で笑ってソファに腰を下ろした。
「なにを今更。そんなことは、私が一番よく知っている」
「じゃあ本当なんだな」
低く抑えた声で、リュートが会話に入ってきた。
「堕神滅殺のため、お前が顕現を望んだというのは」
「なにか問題でも?」
分かっていて挑発している。
リュートの導火線に火がつく前に、テスターは穏便に言葉を選んだ。
「顕現が起きて、神僕の間でも動揺が広がっています。幻出と顕現では危険度が桁違いですからね。せめて事前に相談してくだされば――」
「羽虫の中で少し頭が回るからといって、おごり過ぎではないか? 貴様らの長には伝えてあった。その情報を彼奴がどう扱うかなど、私の知ったことではない――いやそもそも事前に伝えるべきというのが、僕には過ぎた考えだ。神が物事を決めるのに、僕に相談する必要はない。それとも……不服なのはあの鬼娘が原因か?」
足を組み、女神が尊大にテスターらを見回す。
「あの娘は堕神に対抗するため、私が永い時をかけて熟成させた毒だ。毒は使わねば無意味だろう」
「あんたって本当っ――」
「なんだ? 悪神とでも言いたいのか? ちっぽけな感情で世界を滅ぼそうとした愚か者が、よくも私を罵れるな」
かっとなるセラに先んじて、女神が悪言を吐く。
言葉を失うセラの代わりに、リュートが女神の前へと進み出た。震える拳を握りしめながら、凶悪な目つきで女神を見下ろす。
「お前は本当……なにも変わらないんだな。誰よりも永く生きてるくせに、なにも成長していない」
「たかが僕が偉そうに。私は大局を見ている。現に今、堕神滅殺のシナリオを描いているではないか」
嘲笑とともに、女神が片手を振るう。
「顕現のため一度開いた空間は、もう完全には閉じられない。訓練校は堕神を導くゲートとなった。今は低い顕現頻度も、いずれは幻出並みになるだろう」
女神がなぜそんな顔をしたのかは分からない。
しかし彼女は確かに、狂喜にゆがんだ愉悦の笑みで、リュートを仰ぎ見た。
「貴様はもう戻れない。その呪われた身で、堕神を殺し続けるしかないのだ」
まるでそれが呪文であるかのように――
堕神が現れた。
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