3.鬼哭啾々① らしくない筆頭
◇ ◇ ◇
やはりおかしい。
銀貨がそれを確信したのは、龍登が1週間ぶっ通しで学校を休んだ時だ。
月曜日、担任教師の飯島は、龍登は風邪で欠席だと言った。
火曜日も同、水曜日も木曜日も、そして本日金曜日も同。
「龍登君、まだ風邪治らないの?」
中庭の壁際にある石ベンチで昼食を取りながら、銀貨はテスターに探りを入れた。
向かいの木を囲む円形ベンチに腰掛けていたテスターが、激わさびパンをかじってうなずく。咀嚼中の彼の代わりに、隣に座る瀬良が口を開いた。
「そうなんですよ。かなりたちの悪い風邪にかかったみたいで。たぶん、もうしばらくは登校できないと思います」
「へえ。じゃあ明日土曜だし、お見舞いにでも行こうかな」
「やめた方がいいぜ。感染ったら大変だし、それ以前に許可が下りない」
空になったパンの袋を丸め、テスターが余地なく反対する。
「でも心配だよ」
「私も行きたいな、お見舞い」
銀貨の隣で、明美が援護の声を上げる。
「須藤さん。気持ちはありがたいんですけれど、私たちにも事情が――」
「お願い。神に誓って、余計なことはしないから」
銀貨は明美の横顔を見た。
いつもの彼女と様子が違う。妙に押しが強いというか、違和感があった。
気のせいかとも思ったが、向かいのふたりもなにかを感じ取ったらしい。まじまじと明美の方を見つめ、
「分かった。一度学長に聞いてみるよ。特別だぜ?」
テスターが立ち上がり、スマートフォンを取り出しながら隅の方へと歩いていった。
「ありがとう」
「いえ。でもあくまで特別ですから」
礼を言う明美に瀬良が念を押す。その表情や声音からは、なぜかギスギスしたものが漂ってきていた。
なんとなく会話を継続しづらくなり、成り行きの沈黙が続いた。
瀬良と明美はパンの残りを食べることに集中し、とっくに昼食を終えていた銀貨は、手持ち無沙汰にスマートフォンをいじる。
個々人で隔絶された空間を遠慮なくぶち破ってきたのは、意外でもあり、ある意味順当でもある人物だった。
「水谷、ちょっといい?」
茶髪の生徒が近づいてきて、瀬良へと声をかける。
気の強そうな顔立ちの少女、クラスメートの角崎凜だ。銀貨と明美にとっては、暗い記憶を思い起こさせるトラウマ発生装置でもある。
「はい、なんでしょう?」
ほとんどにらむような目で見られているのにもかかわらず、瀬良がにっこり凜を見上げる。
瀬良の完璧な愛想笑いを見ていると、腹の底では凶悪極まりないこと――例えば「ウゼえな寄んじゃねえよいっぺん死んでこいクソが」とか――を考えているのではないかと、怖くなる時がある。さすがにそんな極端なことはないだろうが。
凜は心底嫌そうに、事務的な事柄を並べ立てた。
「古文の立川から天城への伝言。今日締め切りの課題、特別に来週末まで延ばしてくれるって。いい? 私はちゃんと伝えたんだから、あとはあんたが伝えてよ」
「はい、わざわざありがとうございます」
「ほんと『わざわざ』だし。立川とすれ違ったせいで、大切な昼休みの一部が潰れたし」
偉そうに腕を組む凜。
瀬良は不思議そうに聞き返した。
「伝えていただいてなんなんですけど、それなら別に、昼休み終わってから教室で言えばよくありません?」
「そこでうっかり忘れたら、土日入っちゃうじゃん」
「意外に律義なんですね」
「うっさいわね。だいたいあいつが風邪ごときでぶっ倒れるへなちょこだから――」
ひとり勝手にヒートアップしてきた凜が、突然口を閉じる。
戻って来たテスターは凜と目が合うと、「よっす」と手を上げた。
凜はふんと目をそらしたが、彼は気を悪くした様子も見せず、明美へと近づく。
「須藤、構わないってさ。ついでに山本も」
自身は納得がいっていないのか、特に後半を理解しかねるように付け足すテスター。
明美がうれしそうに手を合わせる。
「じゃあ決まりだね。明日はみんなで天城君のお見舞いっ」
「ああ。俺とセラで最寄り駅まで迎えに行くから。時間はまた連絡する」
テスターが話を締めようとしたところで、凜が割って入った。
「あんたたち、訓練校に行くの?」
「うん。天城君のお見舞いに」
うなずいたのは明美だった。
先ほどと同じく違和感。
彼女が、面と向かって凜に返事できるのが不思議だった。いつも自分と同じく、凜が近くにいる時は身を縮めて目立たぬようにしているのに。
が、らしくないといえば、今日のらしくない筆頭はこれに尽きるだろう。
「よかったね山本君。これで――」
「わ、私もっ」
明美の言葉を遮って滑り込んできた凜に、一同ぽかんと彼女を見つめた。
視線を集めた凜自身も己の発言に驚いている様子なのは、たぶん笑い所ではあるのだろうと、置いていかれた思考で銀貨は考えていた。
◇ ◇ ◇