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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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2.絶遠六花⑨ 雪が舞い降りていく。

◇ ◇ ◇


 しんしんと雪が降る。

 敷地内の反対側で起きている顕現騒ぎなど、まるで存在しないかのように。

 アスラは静かに、ただ空を見上げていた。

 動かぬ彼女に雪が降り積もり、少しずつ白に染めていく。

 それはテスターや自分も同じだ。

 雪が縁取る輪郭は存在の(あか)し。今ここにいるからこそ積もっていく。

 なのになぜ目の前の少女は、こうもはかなく映るのだろう。


「アスラ……あなたはなにがしたかったの?」

「リュー君の隣にいたかった。一緒に明日(あした)を迎えたかった……あたしはきっと、ずっとずっと前から、リュー君に会いたかったんだ」


 空の向こうになにかを見るように、言葉を積み重ねるアスラ。


「楽しかったなあ……リュー君とだけじゃないよ? セラちゃんやテス君たちと過ごした全てが、あたしに刻み込まれてる。一瞬一瞬が楽しくて、泣きたいくらい……あたし、幸せだった」

「信じてもらえないけもしれないけどさ」


 と前置きして、テスターが苦笑する。


「俺、君と過ごす時間は、結構楽しくて好きだったんだぜ」

「ありがとう」


 アスラは(ほほ)()み、懐から懐中時計を取り出した。


「持っていきたい気もするけど、残していっていいかな? せめて一緒にいたいから」


 そう言って時計を手渡してきたアスラの手は、半透明に透けていた。


「アスラっ……」


 もう時間がないのだと、セラは焦燥に駆られてスマートフォンを取り出した。

 もう何度目にもなる無意味な操作を繰り返し、やはり応答のない電話口にいら立ちをぶつける。


「なにやってんのよお兄ちゃんは!」

「俺が直接呼んで――」


 テスターが反転し、なにかに気づいたように言葉を切る。

 彼の視線を追って、運動場の入り口へ目を向けると――


「お兄ちゃんっ⁉」


 ふらつきながらも、こちらに走ってくる人影があった。

 セラは一刻も早くふたりを引き合わせようと、


「アスラ! お兄ちゃんが()――」


 振り返ってアスラへと伸ばした手が、行き先を失い(くう)をかく。

 たった今アスラが座っていたはずの場所。

 そこには誰もいなかった。


◇ ◇ ◇


「アスラが……消えた?」


 声が震える。

 たった今見た光景が信じられず、足が止まる。

 一瞬だ。

 たった一瞬で世界が変わった。

 彼女のいる世界から、いない世界に。

 ほんの一瞬前。テスターとセラがこちらに気づき、アスラも確かに顔を向けた。

 この暗がりだ。表情など分からない。

 だけど、(ほほ)()んでくれたような気がした。

 そう思った次の瞬間、アスラの姿が消失した。

 そこになんの重みもなかった。現象としてただあっけなく消えた。

 だけど消えてしまったそれは、リュートにとってはたとえようもなく重い存在だったのだ。


「なんだよそれ……俺が()ったって……俺のせいだって言うのかよ⁉」


 憤りにも似た思いが口を突いて出る。


「そんな馬鹿な話があるかっ……アスラが消えるなんて……」


 動くことを拒む身体(からだ)を無理やり動かし、足を踏み出すリュート。


「戻って来てって言ったじゃないか……戻って来たのに、お前はどこにいるんだよっ……」


 身体(からだ)を引きずるようにして、リュートは前へと進んだ。

 やがてアスレチックの台の上、アスラのいた場所にたどり着く。

 雪が積もっていなかった分、その部分だけぽっかりと、台の表面があらわになっている。


「アスラ、なんで……」


 リュートはうな垂れ唇を()んだ。


「お兄ちゃん」


 背後から遠慮がちに声がかかる。

 振り向くと、セラとテスターが立っていた。


「これ、アスラがっ……」


 顔をくしゃくしゃにゆがめた彼女から、なにかを手渡される。


「……つくづく俺は無様だな」


 リュートは自嘲の笑みを浮かべ、手にした懐中時計を見下ろした。


「こういう時は、ギリギリ間に合うもんじゃねえのかよっ……」


 時計を強く握りしめ、額に押し当てる。

 よろけた背中がアスレチックの柱にぶつかり、リュートはそのままずり落ちるようにして座り込んだ。

 そのまま時は過ぎ、とうとうテスターが口を(ひら)いた。


「リュート。そろそろ報告に行かないと」

「俺は……もう少しここにいる」


 そう答えるのを予想していたのだろう。テスターは検討の時間も挟まず後を続けた。


「分かった。じゃあ俺たちで言えることは、先に報告しておくから。ちゃんと後で学長の所へ行けよ」

「ああ」


 振り向きもせず小さく答える。目線は先ほどから、アスラのいた場所に固定されたままだ。


「……お兄ちゃん……私たち、もう行くね」

「ああ」


 ふたりの足音が遠のいていく。

 アスラのいた場所に、雪が舞い降りていく。徐々に白く染まっていく。

 時間が()つほどに、雪が積もっていく。

 少しずつ、少しずつ。

 アスラのいた(あか)しが消えていく。

 それがどうしようもなく許せなくて、悲しくて。

 懐中時計を握りしめ、降り積もる雪をただ見ていた。


◇ ◇ ◇

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