2.絶遠六花⑦ アスラには視えていた。
◇ ◇ ◇
特殊第1運動場には、絶望が蔓延していた。
「なんだよこれ……?」
立ち尽くし、非常灯に照らされた周囲を見渡す。
何十名もの守護騎士が、堕神を遠巻きに攻めあぐねている。アシスタントの肩を借りるなど、負傷している者も多くいた。
苦渋の表情を浮かべる彼らの視線の先――アスレチックの近くでは、2体の堕神が守護騎士たちを相手に暴れている。
6人の守護騎士が放つ緋剣はことごとく透過され、逆に堕神の爪は守護騎士を度々捉えていた。
どうやら堕神は攻撃の瞬間だけ、ピンポイントで透過を解除しているらしい。守護騎士が相打ち覚悟で緋剣を突き出しても、むなしく空を斬るだけだ。
かといって逃げ腰になれば、堕神が移動を開始する恐れがある。
結果神僕にできることは、複数人で堕神の気を引きつつ、可能な限り自身の負傷を避けるという超消極的対処のみだった。
結末の見えた絶望的なジリ貧の中、放り出すこともできずにただ身をさらす守護騎士たち。
かつて見たこともない光景に、リュートは身がすくむのを感じていた。
「お前なにをしている⁉」
叱咤の声に振り向くと、壮年の男性守護騎士が背後に立っていた。頭に血のにじんだ包帯を巻いており、それ以外随所に見受けられる、むき出しの傷口が痛々しい。
そしてそれらを見て、動揺は吹き飛んだ。
「訓練生は下がっていろ!」
焦慮に駆られた顔で怒鳴ってくる守護騎士に、リュートは一言、
「俺やれます!」
とだけ言い放って駆けだした。
「は? 馬鹿かお前⁉ おい戻れ!」
守護騎士の声を背に、堕神の元へと走る。
途中医務室に寄って、新しいカートリッジは作製済みだ。
(っつっても時間がなかったから、2本しか作ってねーけど)
2本で足りるかは、ぶっつけ本番で確かめるしかない。
カートリッジを緋剣の柄に挿し、血の刃を発現させる。鋭利に仕上がった刃はきらめき――形を乱した。
「っ……⁉」
溶け落ちようとする刃に慌てて意識を注ぎ、なんとか形をとどめる。
(っ……アスラの血の影響かっ?)
さらに注力して揺らぐ刃を先鋭化すると、リュートは前方の守護騎士たちへと声を投げかけた。
「交代願いますっ!」
「なに言ってるんだ⁉」
「君訓練生じゃないの!」
当然の反論は無視して、1体の堕神に向かって緋剣を構える。
――殺ス!
「っ⁉」
脳内ではじけた怨嗟の声に、顔がゆがむ。
――女神ガ憎イ、絶対ニ殺シテヤル! 殺シテヤル殺シテヤル殺シテヤルッ!
(こいつがしゃべってるのか!)
リュートは片耳を押さえながら、目の前の堕神を見据えた。
堕神はリュートになにかを感じているのか、すぐには襲ってこなかった。
と、相対する白い巨人が突然ぶれる。
そして粗くなった姿に重なるように、人影が現れた。その顔は――
「カークっ⁉」
記憶に新しいその顔は、最も記憶に残った悲痛な表情を張りつけていた。
回帰形態でもないのに声が聞こえ、魂が視える。これもアスラの力故ならば。
(アスラには視えていた。狩られる堕神の魂が、いつも視えていたんだ……!)
そしてそれを今、自分も視ている。
(堕神の素顔に触れられる力で、俺は堕神を殺すのかっ……)
――女神ヲ殺ス! 女神ノ下僕ノ……オ前モ殺ス!
堕神――いやカークが拳を突き出してくる。
リュートは左に飛びながら、緋剣でカークの脇腹を薙いだ。
「入ったっ⁉」
守護騎士のひとりが、驚愕に満ちた声を上げる。
殺してしまった。
自分の意志で殺してしまった。
「カークっ……」
リュートは肩越しに、カークが消滅するのを見届け――
「――っ⁉」
突如襲った激痛に身体を折る。
ぐらついた足は身体を支えきれず、リュートはそのまま地面へと倒れ込んだ。