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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第1章 神苑の守護騎士
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4.抜き打ち模擬戦トーナメント③ そこそこの当たりですねリュート様!

◇ ◇ ◇


「――エンデ失格! 勝者ルチア」


 審判の判定に場が沸き上がる。普段の訓練では生じないような熱気が、館内を包んでいた。

 運動着に身を包み、()(けん)を携えて。


「なんだこれは」


 体育館に入って思ったのが、まずそれだった。

 24ブロックで同時進行するとはいえ、700名以上のG専科生が参加するのだ。総試合数は相当な数に上るだろう。


 だからリュートは、自分の試合が近くなった頃合いを見計らって、体育館へとやってきたのだ。せっかくの自由時間を、無駄な待機時間に費やしたくはなかったから。それは他の参加者だって同じだろうと、勝手に思い込んでいた。

 そして思い込んでやってきた今、「なんだこれは」状態に陥っている。


「なんでこんなに見物人が……」


 各ブロックの周りを多数の生徒が囲っていた。中には模擬戦とは関係ない8回生や、4回生以下と思われる生徒もいる。

 隣に立つセラは館内を一通り見渡すと、もっともらしくうなずいて、


「こんな大規模な模擬戦なんて、めったにやりませんからね。私たちの代だと初ですし、みんな楽しいんじゃないんですか。地球人がよくやってるスポーツ大会みたいな感じで」

「この中で試合うのか?」


 肩と一緒にやる気も落ちる。休日くらいは、好奇のまなざしから離れたかったのに。

 対してセラのやる気はうなぎ上りに見えた。にこやかに、ぱんと手をたたき、


「いいじゃないですか、みんなが見てるならそれはそれで。普段リュート様のことを、信仰心が薄いとか目立ちたがり屋とかじじむさ小僧とか言ってる人たちを見返すチャンスですよっ」

「そう言われても――つか俺そんなふうに思われてんの?」


 少なからずショックを受ける。特にじじむさ小僧の辺り。


「大丈夫ですよ! リュート様は実戦を経験していますし、アレもあるじゃないですか。もし負けても、いい訓練の機会を得たと思えばいいです」


 前向きに拳を振り上げるセラ。リュートの問いに答える形には、()(じん)もなっていなかったが。


「……そうだな」


 セラの言う通り、細かいことを気にしていても仕方ない。

 リュートはセラと共に、Cブロックのコートへと向かった。


「確か採血管を提出するんだったよな」


 人混みをかき分け進んでいくと、果たしてCブロックコートのそばに、対戦表の張られたホワイトボードと、受付の長机があった。


「お願いします」


 採血管を取り出し、受付の女性教官に渡す。

 彼女の担当は上級生なのであまり関わりはないが、校内で度々すれ違うので挨拶程度は交わしたことがあった。


「在籍番号A19287。リュートです。ペアのAR専科生はセラ。在籍番号は……」

「A19415。19期生の415(よいこ)ちゃんでーす」

「自分で言うなよ……」


 ぶりっこスタイルで学生証を掲げるセラに、冷めたまなざしを送る。

 教官はくすっと笑い、


「じゃ、ささっと用意するからちょっと待ってね」


 言葉通り、教官は手早く空のカートリッジを取り出し、そこに採血管の中身を空けた。

 通常はこの段階で、(しん)(ぼく)の体内組織液に近い成分の疑似溶液を混入してかさ増しする。今回は模擬戦用に、麻酔薬を含んだ不純液を混ぜ込むらしいが。


「なんというか……すごい、ですね。色が」


 教官が加えたのは青黒い液体だった。血液と混ざって、毒々しい紫色になっている。


「ふふ、そうね。でもこうしておけば、通常の()(けん)との違いが明白でしょ」

「不正防止ってことですか」

「そういうこと」


 言っている間も教官は手を()めず、あっという間に2本分の特製カートリッジを完成させた。


「はいできた」

「ありがとうございます」


 受け取ったカートリッジを剣帯へと収めながら、ホワイトボードの対戦表へと目をやる。

 セラも確認したらしい。うれしそうにガッツポーズを決め、


「相手はひとつ上の6回生、登録武器は()(けん)のみ。ペア訓練生の登録もなし――そこそこの当たりですねリュート様!」

「当たりって……」


 どこかにいるはずの対戦相手に聞かれてはいないかと、リュートの方は小声で返した。


(確かに当たりかどうかは別として、少なくとも外れじゃねーけど)


 模擬戦の参加者はリュートたち5回生に、6、7回生。様子見の初戦相手が6回生なのは、まだ運のいい方だといえた。加えて登録武器は()(けん)のみで、他の武器を警戒する必要もない。


 と、多少(あん)()したのが表に出ていたのか、女性教官がリュートの顔を見て口笛を吹く。


「お、余裕だねー415(よいこ)ちゃんズ」

「はいっ、415(よいこ)ちゃんズは最強ですから!」

「勝手に俺を組み込むのやめてくれないかな」


 などとくだらないことを話しているうちに、Cブロックから審判の声が届く。


「Cブロック第8試合。6回生キルケル対5回生リュート! 各自位置に着いて。不在の場合は問答無用の不戦敗とする」

「来ましたっ、来ましたよリュート様! がつんといっちゃってください!」

(この()のテンションを調節するつまみとか存在しねーのかな)


 胸中でつぶやき、肩を回しながらコート内の位置に着く。

 コートは通常の訓練でも使用するもので、およそ9メートル四方ある。血の汚れが落ちやすいよう加工された床は、専用のシューズでなければ足を滑らせること請け合いだ。


 対面位置にはすでに対戦相手――キルケルが待ち構えていた。リュートより頭ふたつ分は高い巨漢で、教官と言われても信じられるくらいのいかつさを備えている。

 だが開いた口から出てきたのは、体格に不似合いなテノールボイスだった。


「そこそこ当たりだって? 言ってくれるじゃねえか」


 どうやら聞こえていたらしい。

 キルケルは余裕を見せつけるかのように笑みを作っていたが、ここからでも明らかなほど目がぎらついていた。


「言ったのは俺じゃないですよ、先輩」

「うるせえ、そんなこたどうでもいい。お前だろ、地球人の学校に入った5回生って。守護騎士(ガーディアン)()()(ごと)してるからって、いい気になってんじゃねえぞ」


 手にした()(けん)をびゅっと振り上げ、先端をこちらに向けるキルケル。

 どうにも、言い訳は聞いてもらえそうにない。


 リュートとキルケルの姿を確認し、審判――こちらは男性の教官だ――が手を上げる。


「それでは両者、武器を用意して」


 言われた通りカートリッジを(つか)に挿し、リュートは紫色の(やいば)を具現化させた。

 しかし()の輪郭線が定まらず、粘液質の生命体のように不気味にうごめく。血液に含まれた不純液が、意思干渉を阻害するのだ。


「…………」


 リュートはゆっくりと息を吐き、意識を集中させた。


 ――周りには誰もおらず、なにもない。ただ自分と()(けん)だけが()る。

 冷水に脳を浸すような心地で、意識を研ぎ澄ませていく……

 多少(いびつ)ではあるものの、薄皮を斬るには十分な()が完成した。

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