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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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2.絶遠六花⑤ だったらあたしも選ぶよ。

◇ ◇ ◇


(げん)(しゅつ)……特殊第一運動場(特一)か?」


 座標を特定してアスレチックから飛び降りるも、リュートはその場から動かなかった。正規の守護騎士(ガーディアン)に任せればいいというのが一番の理由だが、そうでなくても、今アスラから離れるわけにはいかない気がしたのだ。

 彼女はたぶん、なにか大事なことを伝えようとしている。

 アスラはナイフを持て余すようにいじりながら、目だけはこちらを注視してきた。


「違うよリュー君。(げん)(しゅつ)じゃない」

(げん)(しゅつ)じゃ……ない?」

「この感じ、分からない?」


 言われてリュートは座標を探った。


(別に普段と違う感じは……いや?)


 ゆがみのレベルが、いつもより深い。


「まさか――」

「顕現だよ」


 告げられた解答に絶句する。

 ずっと危惧されてきた可能性だった。

 その重要性も心に刻んでいたつもりだった。

 でも心のどこかでは、『ただの可能性』にすぎなかった。


「な……なんで顕現するんだ⁉」


 動揺につられ、アスラへと一歩踏み出すリュート。彼女は平然と答えた。


「可能性なんていくらでもあるよ。()(しん)の力が増すとか、逆にメルちゃんの力が弱まるとか……でも一番有り得る可能性は、メルちゃんがあえて、この近辺の(まも)りを弱めたことかな」

「そんなこと女神がするはずないだろ! 万が一地球人に被害が及べば、あいつは力を失うんだぞ⁉」

「でもその代わり、()(しん)を滅ぼすチャンスを得られる」


 ぞくりとするくらい無機質な声。


「なに……?」


 骨に直接()を当てられたような不快さに顔をゆがめながら、リュートは聞き返した。


「顕現した()(しん)(めっ)(さつ)することができる。メルちゃんはずっと、この時を待ってたんだよ」

「女神が? そんな馬鹿な。だったらなんであいつは、それを神僕(オレら)に黙ってた?」

「ちっぽけでさみしくて、残酷なくらいあたしたちを振り回す恋心……でもどうしてだか、あたしはそれを憎みきれないの」


 答えになっていないことを独白するように吐き出し、アスラはふっと笑みを浮かべた。それは()()()を前に優しく(ほほ)()む、母親のそれだった。

 かき乱された思考が落ち着くと、自然反論も浮かんでくる。リュートは静かに言った。


「……たとえ顕現したって、ここは(しん)(ぼく)の拠点だ。遅れはとらない」


 (げん)(しゅつ)だろうが顕現だろうが、(しん)(ぼく)は役目を果たす。それが真実だ。すでに対処済みの報告音もスマートフォンが着信している。いくら顕現しようが、飛んで火に入る夏の虫。いざとなれば総力でもって力押しだ。


(……女神にいいように使われるってのは、やっぱ(しゃく)ではあるけどな)


 リュートが思ったその時、スマートフォンに着信があった。

 『強制伝達です』という電子音声の後、胸ポケットに入ったそれから声が流れてくる。


「こ、こちら特一の対処員! 顕現だ! しかも()(けん)()()()()っ!」


 悲鳴じみた声に、リュートは再び言葉を失った。


「そうだよね、驚くよね。だって顕現なんて初めてなんだから、()(けん)が効かないなんてことも、想定外だよね」


 リュートの思いを代弁するように、アスラが言う。


「どういうことだ⁉ なんで()(けん)が効かない⁉」


 ようやく思考の停止から脱し、リュートはアスラへと詰め寄った。


「顕現した()(しん)は、自らの意思で透過対象を選べる。この世界の武器はもちろん、(しん)(ぼく)()(けん)だって透過できるんだよ」


 顕現したなら、なんとしてでも排除しなければならない。

 なのにその(すべ)が通用しない。


「そんなの……どうやって排除しろっていうんだ」


 (ぼう)(ぜん)とつぶやき、後ずさりする。


「……リュー君がみんなを――地球人や(しん)(ぼく)を助けたいなら、方法はあるよ」


 今度はアスラが距離を詰めてきた。

 ゆっくりと、確かめるように。


()(しん)はね、同じ()(しん)の力を透過できないの。だからあたしがリュー君に力を貸せば、リュー君は()(しん)を狩ることができる――ううん。正しくは、(めっ)(さつ)できるし、しなければならない。顕現した()(しん)を殺さずに排除することはできないから」


 それは(しん)(ぼく)にとって是が非でも飛びつくべき言葉だった。

 だけどそれはつまり――

 リュートの(しゅん)(じゅん)をアスラがつなぐ。


「でもそれはあたしには悲しいことだし、あたしにとってもリュー君にとっても、取り返しのつかないことになる選択。リュー君はきっとつらくなる。つらくて苦しくて、あたしを恨むかもしれない……それでもリュー君は、その方法を選ぶ?」


 あくまで優しい物言いで、どちらでも構わないと余地を残すアスラ。

 彼女は示した。次はリュートが動かなければならない。


(アスラの力を借りれば、彼女に仲間殺しを手伝わせることになる。そして俺は()(しん)を殺さなければならない……)


 (しん)(ぼく)なら女神のため、地球人を(まも)るべきだ。


(いや違う。そうじゃない)


 リュートは一度決めたのだ。自分の意志で地球人を(まも)ると。役割であると同時に、自分の意志なのだと。

 決めたからには、役割という言葉だけに逃げられない。

 この選択は自分の責任だ。

 リュートはアスラをひたと見据えた。


「地球人を傷つけるわけにはいかない。そんな場面は見たくない。俺にできることがあるなら、やりたい……俺に力を貸してくれ」


 その言葉にアスラは――柔和な笑みを浮かべた。


「だったらあたしも選ぶよ。たとえ裏切り者になったとしても……あたしは、リュー君とこの世界を選ぶ」


 折りたたみナイフの()を出し、アスラがリュートの左手を持ち上げる。


「ごめんね、ちょっと痛いよ」


 そう言って彼女は、親指以外の指四本の腹を、ナイフで一息に裂いた。


「っ……」


 電気が走ったような感覚の後、血があふれ出す。

 アスラはそれを見届けると、ナイフを左手に持ち替え、自分の右手を同様に傷つけた。


「手、合わせて」


 言われるがまま、アスラの上げた右手のひらに、自分の左手のひらを合わせる。

 互いの傷口が接し、血が混じり合う。


「リュー君はあたしにたくさんくれた。今度はあたしがリュー君にあげるね」


 アスラが目を閉じる。そして――


「――っ⁉」


 傷口を介して、()()()身体(からだ)に流れ込んでくる。

 鋭利ななにかが血管内を、内側からこそぎ落としながら巡っているかのようだ。

 身もだえしたくなるような痛みにうめいていると、アスラからも小さなうめき声が聞こえてきた。


「アスラっ、大丈夫か⁉」

「大丈夫……」


 合わせていたふたつの手に、アスラが左手を添える。

 やがて痛みが落ち着いたころ、彼女は手を離した。浅い呼吸を繰り返しながら、


「今、リュー君とあたしは、存在を共有してる……リュー君の血はあたしの血。あたしの力はリュー君の力……顕現した()(しん)だって斬れる」

「ありがとう」


 一言に感謝を込め、リュートは腰の()(けん)()れた。


「俺、行かないと……アスラは、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 アスラは答えた。一片の曇りもない笑みを浮かべて。


「あたしはここにいるから。絶対戻ってきてね」

「分かった」


 リュートは応じ、顕現した()(しん)の元へと駆けだした。


◇ ◇ ◇

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