2.絶遠六花④ 言うだけなら自由だもん。
◇ ◇ ◇
濃紺の空から、白い粒が引っ切りなしに降りてくる。見上げた目に雪が触れ、リュートは反射的に目を閉じた。腰掛けたアスレチックからは、ズボンを通して早々に冷えが伝わり始めていた。
リュートは空から地面へと視線を落とした。せっかちに登場した雪は地面に降り立つと、あっという間に溶け消えてしまう。
しかしこのまま間断なく降り注げば、少しずつでも積もっていくだろう。すでにリュートの身体には、白い斑が付着していた。これで最終的に風邪でもひけば、セシルの嫌みも降り注ぐに違いない。
制服の折れ目にたまった粉雪を払い落とし、リュートはつぶやいた。
「傘くらいは持ってきた方がよかったかもな」
「なんで? そんなのもったいないよっ」
アスレチックの前ではしゃぎ回っていたアスラが、耳ざとく聞きつけて断言してくる。
特殊第2運動場は、リュートとアスラの他には誰もいなかった。舞い落ちる結晶にわずかな音も奪われ、静かな空間が辺り一帯に広がっていた。
「ふふ、ほんとに雪だあ。本物ー♪ でも溶けちゃうー♪」
アスラは雪をつかみ取り、握った拳を開いては空っぽの手のひらを見て笑う。
「いっぱい積もったらみんなで雪合戦ができるね。あとちっちゃい雪だるまをいっぱい作って、運動場の隅にずらっと並べるの。ひとつひとつ顔も違うんだよ?」
その様を思わず想像してしまい、リュートも笑った。
「すごい気の入れようだな」
「言うだけなら自由だもん。なんだって言っちゃうよ」
ご機嫌に答え、歌いだす。
「その歌はさすがに早過ぎないか?」
「えへへ、クリスマスだって先取りー♪」
リュートの指摘をあっさり流し、アスラは歌を再開した。いつものように。
(今までと同じ。これで、元通り……だよな?)
確かめるように、胸中でつぶやく。しかし独白ですら断言できなかったことで、かえって落ち着かない気分にさせられた。
(……いや、大丈夫だ。俺がいる限り、アスラが力尽きることはない。そうだろう?)
回帰形態の堕神が幻出した件については気になっていたが、報告は上げているし、自然公園で対峙して以降は遭遇していない。
(俺ができることは、全てやっている……はずだ)
考えているうちに、アスラが1曲を歌い終える。そしてまた、服に雪が積もっていた。
リュートは再度雪を払い落とし、寒さに身を震わせながら空を見上げる。
「にしても本当、なんでこの時期に雪なんだ?」
「他次元からの干渉が極値に近づくと、気候に影響を与えることがあるんだって」
息を整え終えたアスラが、満足そうに教えてくれる。
「へえ……」
漫然と相槌を打ち、
「え?」
なにか重要なことを聞き逃した気がして、リュートはアスラに目を向けた。
彼女は手のひらに載っては消える雪を見つめながら、
「憎悪は降り積もり、いつか必ず追いついてくる……憎しみも雪みたいに、時間とともに溶ければいいのに」
懐に手を入れ、なにかを取り出した。
「……アスラ?」
「ね、リュー君?」
折りたたみナイフを手にしたアスラは、暗い微笑みを返してきた。
同時に知覚した次元のゆがみに……決定的ななにかが始まったのだと、リュートは漠然と理解した。
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