2.絶遠六花③ ほどほどにな
◇ ◇ ◇
「やった! またあたしがいっちばーん!」
アスラが嬉々とした顔で、自分の駒をゴールへと進める。
セラはお手上げの仕草をした。
「ほんとアスラは、こういうのが強いわね」
「そしてお前はほんと、こういうのに弱いよな」
「るせえな。こんなんゲームだろゲーム」
あきれるテスターに、リュートは減らず口をたたいた。
僅差でアスラに勝てなかったテスターやセラと違い、リュートは負けも大負け、債務者が追いやられる『負け犬公国』のゾーンで右往左往していた。何度やっても。
「つかなんなんだよこのすごろく。もっとこう、普通のやつはないのか……?」
負け惜しみというわけではないが、眉をひそめてテーブルに広げられた盤面を見る。
「部屋に置いてあるボードゲームは『人生争奪ゲーム』だけだよ。シル君も変な趣味してるよねー」
盗聴されているであろう室内で、ばっさりと言うアスラ。
「きりもついたし、そろそろ部屋に戻るか」
テスターが棚上の時計を見ながら、テーブルに散らばったゲーム用紙幣を集めだす。
「あ、そのままでいいぜ。俺が後で片づけとくから」
なんの気なしに言った言葉は、予想外に注意を引いた。
テスターは横目で見上げてくるだけだったが、セラは探るように、
「後でって……お兄ちゃんはまだここにいるの?」
「な、なんだよその目は?」
「あれだろ、妹としてはふしだらなお兄ちゃんが気になるんだろ?」
「ふしっ……」
「ば、馬鹿言わないで! そんなんじゃないわよ!……ないわよね?」
「ねーよ!」
テスターの軽口に調子を乱され、セラとふたり動じた声を上げるリュート。
「とにかく! ここは俺が片づけとくから、お前らはとっとと帰れ!」
「分かったわよ、もう!」
「んじゃ、片づけよろしく。ほどほどにな、リュート」
あくまで軽い口調は崩さずに、テスターはセラと出ていった。
「んーっ。やっぱり医務室より、こっちの方が落ち着くなー♪」
大きく伸びをして、ぼすりとソファに腰を落とすアスラ。
目覚めてから1カ月近くを経て、ようやく彼女は自室へと戻ってこられた。今夜はそのお祝いを兼ねたハッピーハッピー★プチパーティー(アスラ命名)だった。
「こんなに元気になれたのも、リュー君のおかげだよっ。絵も完成したし。ありがとう♪」
「俺は別になにも……」
リュートは壁一面に飾ってある、額縁の一群へと目をやった。大量のジグソーパズルが並ぶ中、1枚だけ絵が飾ってある。
オリーブの木を描いた色鉛筆画。素人目には、『色鉛筆でゴッホをめざしつつ横道にそれたらこうなるんだろうな』というタッチに見える。独特の個性があり、芸術的評価としてどの辺りに位置するのかは分からない。が、まあどう転んだとしても、セラよりうまいことに間違いはないだろう。
土日に各数時間ずつ描いた後は、毎日日の出から1時間ほどを使ってこつこつと描き進め――なにせ平日なので、そこしか時間が取れなかった――昨日ようやく完成した。
「ふふ、次はなにを描こうかなー♪」
「もう少し様子見て、大丈夫そうなら一緒に公園行くか。そろそろ紅葉の時期だし、絵を描くにはぴったりだぜ」
「行く行くー♪ あたしマッハで元気になっちゃう♪」
力こぶを作るアスラに笑みを送り、リュートは立ち上がった。ライティングデスクの引き出しに、採血キットが入っているはずだ。
無意識に二の腕をさすってから、布地を通過して染み入ってくる冷気に気づいた。
「急に寒くなってきたな」
窓でも開いていたかと顔を向けると、思わぬ光景が目に入った。
「……雪?」
窓の外でちらほらと、白い塵が降っている。道理で寒いわけだ。
「ぅわあぁぁっ、雪だあっ♪」
びたんと窓に張りつくアスラ。疑念を感じる自分の方がおかしいのかと思ってしまうほど、彼女は雪を抵抗なく受け入れていた。
「早くないか? まだ10月だぞ」
リュートはアスラの隣に立って、窓ガラスに額を寄せた。
「そんなことよりリュー君、早く早く!」
「え?」
アスラは腰に手を当て、当然のように胸を張った。
「雪が降ったら遊ばなきゃっ、でしょ♪」
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