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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
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2.絶遠六花① この穏やかな時間が心地いい。

◇ ◇ ◇


 雪は憧れのひとつだった。

 知識としては知っていたし、経験したという記憶もあった。

 だからこそ生の、本当に自分だけの記憶が欲しかった。

 一面の雪の(じゅう)(たん)に手を突っ込んだら、どれほど冷たいのか。

 手のひらに載った雪は、どれほどあっけなく溶け消えるのか。

 生身で体験するほど、あの人と時間を共有できる気がした。

 だから――


◇ ◇ ◇


 塔屋を出たら、広がっていたのは英国庭園風の庭だった。

 世界守衛機関(WGO)本部棟の、屋上の一角を利用して造られた()()(えん)。小まめに手入れされた庭は、ここら一帯の施設内において唯一、地球人に自慢できるかもしれない娯楽要素だった。

 あいにく空は曇っていたが、雨を控えた重く冷えた空気は、それはそれで悪くなかった。ともすればどこかへ飛んでいきそうな気力を、どっしりと地につなぎ()めてくれる気がして。


「えっへへ~。リュー君と写生だぁ♪」


 隣でアスラが、ウキウキとはしゃぐ。

 リュートはふたり分の画材を抱え歩きながら、心配半分(ほほ)()ましさ半分で笑いかけた。


「大丈夫か? 無理するなよ?」

「大丈夫だよっ。ぶい♪」


 満面の笑みでピースサインを返してくるアスラ。

 庭園入り口から二股に分かれた道には、ガーデンアーチが連なっている。アスラはアーチの下を進みながら、思案げに顔を傾けさせた。


「なに()こっかなー。ほんとは薔薇(ばら)()こうと思ってたんだけど、ちょっと今は物寂しいし……」

「四季咲きの品種があるとはいえ、秋の見頃にはまだ早いからな」


 リュートはアーチを見上げて告げた。初夏には華やかな薔薇(ばら)のトンネルとなるアーチだが、今はアスラの言う通り、やや(さび)しい感がある。

 と、アスラが目を丸くしてこちらを見てきた。


「へえ、なんか意外っ。リュー君お花のこと詳しいんだ?」

「たまたまだよ。罰則で、屋上庭園の手入れをちょくちょく手伝わされてるから」

「なあんだ。それならやっぱり、リュー君らしいね」

「なんだよそれ」


 軽く口をとがらすと、アスラはあははと笑って舌を出した。


「んー。でもほんと、なに()こっかなぁ」

「ベンチから見えるものを選んだらどうだ? ()きやすい環境も大事だろ?」

「そうだね、そうかな? うんそうかも! ありがとリュー君♪」


 にかっと言うなり、とててててっと一足先にアーチを抜け出て、アスラは周囲を見渡した。遅れて追いついたリュートも、釣られるようにして視線を滑らせる。

 一方の道の先には、4区画に分けられた()()(えん)。品種や色で植え分けされているが、やはり今はぱっとしない。

 もう一方の道は、円形に組まれたデッキへと続いている。デッキは庭園を見晴らせる位置にあり、そこからなら庭園隅のバーゴラにだって目が届くだろう。ただしその分、一点注視というよりは風景を()く構図になりがちだ。


「じゃあねえっと……あれかな!」


 迷った末にアスラが指さしたのは、デッキの向こうにある大樹だった。


「オリーブの木?」

「うんっ。あの木なら近くにベンチあるし、じっくり時間かけても疲れなさそう」

「じゃあ決まりだな」


 ふたりしてデッキまで行き、木と対面した向きのベンチを選んで腰掛ける。

 アスラはリュートから画材を受け取ると、早速写生に取りかかった。


「にしても立派な木だよねえ。本部棟建設の際に植樹されたんだっけ。樹齢何年なんだろ」

「確か300年ほどだったかな」

「ふぇ~」


 答えるリュートにアスラは感心の声を上げ、


「300年も生きたんだ。すごいねえ。これからも元気にね!」


 オリーブの木に向かって手を振った。


「なんだよその励ましは」


 リュートは吹き出し、自身も画板に鉛筆を走らせ始めた。

 しばらくは、鉛筆が線を引く音だけが続き、やがて物足りなくなったのか、アスラが歌を口ずさみ始めた。

 以前聴いた、明日(あした)を歌う曲だ。どうやら彼女の中では、この曲が一番のお気に入りらしい。

 ささやくような歌声は、我慢できないとでもいうように、次第に大きくなっていた。

 リュートは伸びやかな歌声に耳を傾け――


「あれ? 今リュー君一緒に歌ってた?」

「いや」


 きょとんとこちらを向くアスラに、慌てて否定の言葉を返す。


「もう、照れなくたっていいのにぃ♪ 一緒に歌おうよー」

「だから俺は歌苦手なんだって」


 からかうように額をつついてくるアスラの指をのけ、リュートは写生作業へと戻った。


「ちぇっ」


 かわいらしい舌打ちをして、アスラも写生へと戻る。

 再度流れ始めた歌に聴き入りながら、リュートは顔を上向けた。

 湿った風が前髪をなでる。

 穏やかな……安らげる時間だった。

 にぎやかな学校生活が嫌いなわけではない。

 だけど今は、この穏やかな時間が心地いい。

 リュートは願った。

 アスラが笑顔で明日(あした)を迎えられる。

 そんな毎日が続きますように。


◇ ◇ ◇

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