表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
354/389

1.怨嗟胎動⑨ その一言を聞くたびに救われる気がする。

◇ ◇ ◇


「アスラ、起きてるか?」


 ノック後に聞こえてきた「起きてるよー」という返事を受けて、リュートは扉を()けて中へと入った。

 ベッド上のアスラは、上半身をもたれさせて本を読んでいたようだった。リュートを見ると、本をサイドテーブルに置いて笑顔で迎えてくれた。


「学校お疲れさまー。今日は写生会だったんだっけ」

「ああ、自然公園に行って()いてきた」


 ベッド脇の丸椅子を引いて腰掛ける。


「いいなー、楽しそう♪ あたしも()きたかったなあ。リュー君の()いた絵も見てみたかったし」

「もう提出しちまったよ」

「だよねぇ」

「今度一緒に()きに行くか? 今日行った場所は無理だろうけど、近場のちょっとした公園なら許可も下りるだろ。()くだけなら、ここの屋上庭園でもいいし」

「いいねそれ♪ あたしうまく()けるかな?」

「セラの画力を受け継いでなけりゃな」


 苦笑しながら、サイドテーブルに備えつけの引き出しへと手を伸ばす。中には大量の採血キットが収納してあった。

 うち1袋を取り出して、リュートは封を切ろうとした。その手をアスラの両手が抑え込む。

 顔を向けると、ひたりとこちらを見据える彼女と目が合った。


「リュー君駄目だよ。これ以上は」

「大丈夫だって。血を抜くのには慣れてんだ。これくらいじゃ倒れたりしない」

「でも……」

「君が元気にならないと、一緒に公園にも行けないだろ?」

「……うん。ごめんね、ありがとう」


 その一言を聞くたびに救われる気がする。

 リュートはそっとアスラの手をどかし、採血キットの封を()けた。


◇ ◇ ◇


「じゃ、しっかり休めよ」


 言って、後ろ手に閉めたドアに数秒ほど背中を預けると、リュートはゆっくり足を踏み出した。我慢の限界に達した右脚をかばうように。右腕は力なく揺れるに任せて。


(次はもう少し、休んでから行った方がいいな……)


 (あざ)は顔には出ていないし、血まみれの制服も着替えた。決してバレてはいないはずだ。

 小ずるく考えながら同時、そんな自分に()()が出る。排除された()(しん)をアスラが連想しないようどれだけ立ち回っても、現在進行形で()(しん)が排除され続けていることを、彼女は知っているというのに。


(くそが……)


 かしいだ身体(からだ)が、無意識に壁へと寄りかかっていた。右腕を圧迫されたことで刺激された痛覚に、小さくうめき声が漏れる。

 リュートはいったん立ち止まり、懐から増血剤のケースを取り出した。乱雑な手つきで5、6錠ほど手のひらに出し、一気にのみ込む。と、


「お兄ちゃん」


 背後からかかった声に、リュートは内心毒づいた。どう考えても口うるさい正論が()けられない声など、今は聞きたくなかった。


「どうした?」


 リュートは振り向き、ふらつく身体(からだ)をごまかそうと、左拳を壁に当てた。しかしそれがいけなかった。

 振り向いた先にいた相手――セラが、リュートの左腕を見ている。真新しいガーゼが貼られ、袖がまくられたままの左腕を。


「アスラに頻繁に血をあげてるの? それでここ最近、顔色が悪いの?」


 怒りすらにじませて問い詰めてくる彼女に、リュートは素っ気なく答えた。


「任務に支障は出てねーんだから、別にいいだろ」

「よくないわよっ、増血剤濫用してるじゃない! なにやってんのよお兄ちゃん!」

「……知らねーよ」

「自分のこともっと大事にして! なにかあったらどうするのっ⁉」

「じゃあどうすりゃいいんだよ⁉ このままだとアスラが危ねえんだ!」


 拳を壁にたたきつけて、リュートは怒鳴った。


「俺が彼女にしてやれることなんて、これくらいしか……!」


 セラはひるまず、きっぱりと返してきた。


「罪悪感で優しくされたって、アスラはきっと喜ばないわ」


 正論だ。やはり妹は正論しか言わない。

 だけどリュートが求めていたのは、心地のいい()(まん)だった。


「俺は……俺にできることをする」


 つぶやき、逃げるように背を向け歩きだす。


(俺の魂が本当に()()()と同じなら……償いはあってしかるべきだろう……?)


 しつこく食い下がってくるかと思ったが、セラは追いかけては来なかった。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ