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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
353/389

1.怨嗟胎動⑧ 神は崇高にして孤高

◇ ◇ ◇


 ()(しん)から吹き出す体液を()けようと、(しもべ)()(しん)を蹴って身をよじる。引き抜いた()(けん)を苦し紛れにかざしているが、あれでは完全な回避は無理だろう。

 (しもべ)()(しん)を蹴った体勢そのままに、水しぶきを上げて川へと落ちる。そういえば()(しん)にとどめを刺す前、一撃を受けているようにも見えた。受け身を取る余裕がないのかもしれない。()(しん)の方は着水前に、この世界から排除され消え去った。


「お()――リュート様っ!」


 (しん)(ぼく)(むすめ)が悲鳴を上げ、草をかき分け駆けていく。張られたロープと立ち入り禁止の看板も、今の彼女にはどうでもいいらしい。看板を素通りし、ロープをまたいで川岸に向かって下りていく。

 メルビレナはゆっくりとした足取りで、彼女の後を追った。無論、従僕の安否を気遣ってのことではない。気になることがあったのだ。


「滑らないよう気をつけてください」


 3人目の従僕が、そばに控えるようにして付いてくるが、


「私はそこまで愚鈍ではない」


 手で押しやって、メルビレナは一歩一歩危なげなく下りていった。

 川岸に下り立った(むすめ)が、つま先立ちで右往左往している。その場で待つべきか川に飛び込んで助けに行くべきか、迷っているのだろう。

 そうこうしているうちに水音を立てて、従僕が水面から顔を出した。そしてぎこちなくはあるものの自力で浅瀬まで泳いでくると、水を滴らせながら立ち上がった。

 ずぶ()れの(しん)(ぼく)はひどく惨めだった。()(けん)を収める右腕が小刻みに震えているのは、()(しん)の体液でも浴びたせいだろう。左の脇腹と右脚も負傷したらしく、制服が血でにじんでいる。川の水を吸ったせいでいっそう派手な出血に見えた。


「お兄ちゃん、大丈夫⁉」


 駆け寄ってきたセラに支えられると、リュートは力尽きたように膝を折った。


「今のはなんだ?」


 その問いかけでようやく、メルビレナが接近していたことに気づいたらしい。セラの肩を借りながらこちらをにらみ上げてくるリュートに、メルビレナは繰り返した。


「今のはなんなのだ? 貴様はなにと戦った?」


 眉をひそめるセラ。しかし(たい)()した当人であるリュートは、分からぬわけがないだろう。この問いの意味を。


(今の()(しん)は、回帰形態だったように感じた……)


 もしリュートが戦ったのが、回帰形態の()(しん)だったのなら……

 しかし愚かな青年は吐き捨てるように視線をそらし、恐らくはわざと的外れな答えを返してきた。


「今のは、お前が殺してきた幾億万人のうちのひとりだ。お前に怒り、絶望し、嘆いて死んだ男の魂だ」


 彼の言葉に込められた怒りなど、無視すればよかった。数ある(しん)(ぼく)のうちのたったひとり――それも大して役にも立たない(しもべ)の意見など、女神が気にすることではない。

 だけど口から出てきたのは、まるで言い訳のような言葉。


「滅びを重ねるほど、より強い転化が期待できた。それが一番効率がよかった。だから――」

「やめろ」


 なんの力ももたないはずの一言が、メルビレナの口を縫いつける。再びこちらに向けられたまなざしは、氷のように冷たかった。


「それ以上聞いたら……俺がお前を殺したくなる」


 (はた)()にも分かるほど、身体(からだ)を硬くして衝動を自制している。その姿は斬る機会を与えられぬまま、ただひたすらに研ぎ澄まされた妖刀を(ほう)彿(ふつ)とさせた。斬りたくて斬りたくてたまらないのに、それが許されない。放つ先がないのに、憎悪だけが蓄積されていく。


「たかだか(しもべ)が不遜なことを」


 メルビレナは鼻で笑った。たぶん言うべき言葉はこれではない。

 けれどもメルビレナは貫いた。


「私が寛容であることに感謝するがいい。でなければ、セシルに貴様を殺させるところだ」

「そうかよ」


 ぐ……と、なにかに耐えるように、リュートが唇を()みしめる。

 彼はセラから離れると、ひとりで歩き始めた。一歩一歩がおぼつかないが、確固たる意思を感じた。こんな場所には――女神がいる場所には、1秒たりとていたくもないと。


「本当に貴様は弱いな。少しはルームメートを見習ったらどうだ?」


 他に言うべき言葉はあったかもしれない。だけど今更遅過ぎた。

 リュートはメルビレナの前まで来ると、立ち止まってこちらをねめつけ、


「……よく分かったよ。歩み寄りなんて、お前には無理だってことが。結局どこまでいったってお前は……(うそ)にまみれた、ひとりぼっちの神様だ」


 顔を背け、唾棄して横を通り過ぎていった。


「リュート様待ってください! ひとりじゃ危ないです!」


 セラがリュートの後を追い、追いかけなかったメルビレナはひとり残された。


「俺たちも戻りますか?」


 少し後ろから、テスターの声が聞こえてくる。律義に距離を挟んで待機していたらしい。


「嘆かわしい。最近の(しん)(ぼく)は、無能、不遜、愚鈍と()()が悪過ぎる」


 必要もないのに、メルビレナはテスターに聞こえるよう吐き出した。


「神は崇高にして孤高。当然のことではないか」


 当然のことなのに、どうしてこうもいらつくのだろうか。


◇ ◇ ◇

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