表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
352/389

1.怨嗟胎動⑦ これが正道

 リュートは明美に駆け寄ると、先ほどまで自分がいた場所を指さした。


「テスターの所に行け! 俺は鬼を排除する」

「大丈夫なのか。だいぶ()()けているようだが」

「お前っ……」


 思わず怒鳴りそうになり、リュートは口をつぐんだ。必死に自分を抑えながら、言い直す。


「大丈夫だ。いいから下がってろ」

「そうは見えないから言っているのだ。貴様の士気は私の安全に関わる。分かっているのか?」

「……下がれっつってんだろ」


 低くうめくような声に、明美――いや女神が、これ見よがしにため息をつく。


「まったく、つくづく貴様らは。魂が同じなら土壇場の軟弱ぶりも同――」

「あいつと一緒にすんじゃねえっ!」


 とうとう声を荒らげ、女神に鋭く言い放つ。


「俺はあいつとは関係ない。お前はいつも通り、自分の身だけ(まも)ってろ」

「言われなくとも」


 恐らく女神が浮かべたであろう尊大な笑みは、背を向けて走りだしていたため見えなかった。というより、見たくないから背を向けた。


(ちっ……向こう岸で排除するつもりだったのに)


 余計な口論を挟んで出遅れてしまった。

 (げん)(しゅつ)した()(しん)はすでに、つり橋を渡り始めていた。数メートルの幅があるとはいえ、できればこんな不安定な場所で排除したくはなかったが……


(いいさ別に、ここならここで()()(うま)も寄りにくいだろ)


 前向きに片づけて、()(しん)に向けて()(けん)を構える。

 ()(しん)身体(からだ)は、膝より下だけを床板に埋もれさせていた。これなら姿を見失うこともないだろう。

 そう思った時、()(しん)が進行方向を変え、床板の下へと姿を消す。


(くそ、頭が回るタイプか!)


 リュートは跳び上がって欄干へと着地した。間を置かずに靴裏で欄干を蹴り、斜め後方へと飛びのく。背後から襲ってきた()(しん)の爪が空を斬るのを横目に、身体(からだ)をひねって()(けん)を振るった。血の(やいば)()(しん)の右脚をえぐる。

 リュートが床板に着地するのと、()(しん)が振り向くのは同時だった。しかし結果として先手を打ったのは()(しん)だった。


《――ヲカエセッ!》

「っ⁉」


 ()(しん)から聞こえてきた声に、踏み出しかけた足が止まる。よくよく見れば()(しん)身体(からだ)は、所々がねじくれていた。


(回帰形態⁉ どういうことだ?)


 この世界では見られないはずの()(しん)がいることに、衝撃を受ける。

 それだけではない。こちらを向く()(しん)の顔がゆがみ、ぶれて、他の顔へと差し替わった。赤いひとつ目から、目鼻口のそろった――人間の顔へ。そして秒も待たずに、異なる人間の顔へと次々と差し替わっていく。

 老若男女の高速スライドの中で、ひとりの顔が焼き印のように強烈な印象を残した。


「お前は――カークっ⁉」


 一瞬で消えてしまったが間違いない。

 赤銅色の髪に、怒りと絶望が張りついた顔。精錬世界で見たゼリアの民、カークだった。


(つまりこいつは、カークの魂を核とした()(しん)っ……)


 個体識別ができてしまったことで、惑いが生じた。

 なにを――誰を斬るのかが分かってしまった。

 自分は神の使徒。世界を(おびや)かすものを排除する。だから目の前にいるのは敵だ。

 それがたとえ(いにしえ)の時、暴虐な女神に苦しめられた者たちだったとしても。


(これが正道……本当に?)


 迷うリュート。対して()(しん)は揺るぎなかった。


《メ……ガミ! コロシテ、ヤル!》


 ぐずついた(しもべ)は無視して、本命を()りに行くことにしたらしい。()(しん)が女神のいる岸に向かって走りだす。


(しまった!)


 慌てて後を追うリュート。しかし追いつくことに必死で踏み込み過ぎていた。

 床板を蹴って斬りかかると、()(しん)は巨体をひねって器用にかわし、リュートの左腕をつかんできた。

 そのまま右腕だけの(りょ)(りょく)で、リュートを後方へと放り投げようとする。


「――くそっ!」


 リュートは()(けん)(つか)を口にくわえ、両手で()(しん)の右腕にしがみついた。遠心力を利用して蹴り込んだ脚を()(しん)の首に絡みつかせる。リュートは欄干の上を越え、()(しん)は欄干自体を透過し――両者ともに橋から落ちる。リュートの存在感に引きずられているのか、()(しん)の落下も止まらない。

 リュートは体勢を変えて、()(しん)を自身の下へと敷いた。同時に口から()(けん)を離し、逆手で握り直す。


「っ……!」


 脇腹と右脚に痛みが走る。()(しん)の爪が刺さっていた。

 構わず()(けん)を振りかぶるリュート。

 その時また、()(しん)の顔がぶれた。


《クロイ……アクマガッ!》


 (じゅ)()のごとく吐き出された言葉を、リュートは。


「俺は……違うっ!」


 (ふん)()の顔ごと()(けん)で押し潰した。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ