1.怨嗟胎動⑥ 確かにすごかった。
◇ ◇ ◇
控え目な風に葉群れがそよぐ。紅葉には時期が少し早かったらしく、緑や黄色の葉の大群に、赤みがかった葉が入り交じっている。視界の大半を占める木々は、あの世界で見た光景を思い出させた。
リュートは頭を振ってその光景を追い出し、目の前から向こう岸へと伸びている、赤いつり橋を注視した。鮮やかな色合いが、周囲の風景によく映えている。
つり橋の中央では明美と銀貨が腰を下ろし、橋から見える風景を画板の画用紙に写し取っていた。
リュートたちはそんな彼らを視界に収めて陣取っているため、自然橋が主体のアングルとなる。
「へえ、すごいじゃんリュート。意外な才能だな」
「勝手に見んなよ」
右からのぞき込んでくるテスターを、リュートはわずらわしげに押し返した。
テスターはさして気にしたふうもなく、さらに身を乗り出した。リュートを挟んでもうひとつの画板をのぞき込むと、
「うわ、すごいなセラ。それも才能か?」
「ほっといてください」
一応は猫かぶりモードのまま、声音は完全にふててセラが返す。
ちらりと見ると、確かにすごかった。
鉛筆で切り取られた風景は遠近感がめちゃくちゃで、立体に見えない立体表現のせいか画面全体がひどく不安定だ。見てて不安な気持ちになってくる。自信がないなら慎重に線を重ねていけばいいのに、決め打ちの1本線で描いているから視覚的なごまかしも利かない。
「まあこんなん、訓練校のカリキュラムには含まれてないしな」
一応は慰めるつもりで、リュートはフォローを入れた(この分だと実験のスケッチについてはフォローできそうもないが)。
しかしセラは、よほど自分の画力にショックを受けたのだろう。羨むようにこちらの画板に目を落とした。
「でもなんだって、こんなに差が出るんですかねえ。私だって真面目に、一生懸命描いているのに」
「気晴らしに描いてた時期があったんだよ。それだけだ」
とはいえそれは特別講習の時期と重なるので、あまりいい思い出にはつながらなかったが。
「へえー。なにかコツでもあるんですか?」
食い下がってくるセラに、顎に手を当て答える。
「コツってほどでもねーけど……視覚情報に座標を交えて画板に落とし込んでいくと、わりかし描きやすい」
「なるほど」
ふんふんとうなずくセラ。そのままものにしたと言わんばかりに、張り切って右手を動かし始める。
彼女らしい生真面目さに苦笑していると、視界の端で動きがあった。銀貨が立ち上がり、橋を渡ってこちら岸へと向かってくる。振り返りながら明美に手を振り、案の定つんのめって慌てて踏みとどまる。
(なにやってんだか……)
あきれつつも見届ける。
リュートらの近くを通り過ぎる時、銀貨は気まずそうな笑みで手を振ってきた。申し訳程度に、リュートも手のひらを見せる。
どうにもぎこちない。
(なにやってんだか……)
今度は自分にあきれていると、
「あー、確かに」
画用紙に線を重ねていきながら、テスターが合点がいったように声を上げる。どうやら先ほど述べたコツを実践してみたらしい。
「これは描きやすいな。なあセラ?」
「そうですね、段違いです」
同意するセラ。画板をちら見するリュート。微塵も進歩が見られなかった。
「いいコツ聞きました。ありがとうございます」
鉛筆を持つ手は震えふるふる泣きそうだったので、指摘するのはやめておいた。
リュートは描画作業に戻ろうと、自分の画板に目を落とし――それをはねのけ立ち上がった。
「テスター、大丈夫だから手は出すな」
先んじてテスターを牽制し、茂った草むらから飛び出す。緋剣を発動させてつり橋に足を踏み入れ、リュートは声を張り上げた。
「須藤、向こう岸で幻出だ! こっちに来いっ!」
橋中央に座っていた明美が慌てて立ち上がり、こちらへと走ってくる。取り決め条項を覚えているのか、貴重品でない画材は即座に投げ置いて。




