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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
351/389

1.怨嗟胎動⑥ 確かにすごかった。

◇ ◇ ◇


 控え目な風に葉群れがそよぐ。(こう)(よう)には時期が少し早かったらしく、緑や黄色の葉の大群に、赤みがかった葉が入り交じっている。視界の大半を占める木々は、あの世界で見た光景を思い出させた。

 リュートは頭を振ってその光景を追い出し、目の前から向こう岸へと伸びている、赤いつり橋を注視した。鮮やかな色合いが、周囲の風景によく()えている。

 つり橋の中央では明美と銀貨が腰を下ろし、橋から見える風景を画板の画用紙に写し取っていた。

 リュートたちはそんな彼らを視界に収めて陣取っているため、自然橋が主体のアングルとなる。


「へえ、すごいじゃんリュート。意外な才能だな」

「勝手に見んなよ」


 右からのぞき込んでくるテスターを、リュートはわずらわしげに押し返した。

 テスターはさして気にしたふうもなく、さらに身を乗り出した。リュートを挟んでもうひとつの画板をのぞき込むと、


「うわ、すごいなセラ。それも才能か?」

「ほっといてください」


 一応は猫かぶりモードのまま、声音は完全にふててセラが返す。

 ちらりと見ると、確かにすごかった。

 鉛筆で切り取られた風景は遠近感がめちゃくちゃで、立体に見えない立体表現のせいか画面全体がひどく不安定だ。見てて不安な気持ちになってくる。自信がないなら慎重に線を重ねていけばいいのに、決め打ちの1本線で()いているから視覚的なごまかしも利かない。


「まあこんなん、訓練校のカリキュラムには含まれてないしな」


 一応は慰めるつもりで、リュートはフォローを入れた(この分だと実験のスケッチについてはフォローできそうもないが)。

 しかしセラは、よほど自分の画力にショックを受けたのだろう。羨むようにこちらの画板に目を落とした。


「でもなんだって、こんなに差が出るんですかねえ。私だって真面目に、一生懸命()いているのに」

「気晴らしに()いてた時期があったんだよ。それだけだ」


 とはいえそれは()()()()の時期と重なるので、あまりいい思い出にはつながらなかったが。


「へえー。なにかコツでもあるんですか?」


 食い下がってくるセラに、顎に手を当て答える。


「コツってほどでもねーけど……視覚情報に座標を交えて画板に落とし込んでいくと、わりかし()きやすい」

「なるほど」


 ふんふんとうなずくセラ。そのままものにしたと言わんばかりに、張り切って右手を動かし始める。

 彼女らしい生真面目さに苦笑していると、視界の端で動きがあった。銀貨が立ち上がり、橋を渡ってこちら岸へと向かってくる。振り返りながら明美に手を振り、案の定つんのめって慌てて踏みとどまる。


(なにやってんだか……)


 あきれつつも見届ける。

 リュートらの近くを通り過ぎる時、銀貨は気まずそうな笑みで手を振ってきた。申し訳程度に、リュートも手のひらを見せる。

 どうにもぎこちない。


(なにやってんだか……)


 今度は自分にあきれていると、


「あー、確かに」


 画用紙に線を重ねていきながら、テスターが合点がいったように声を上げる。どうやら先ほど述べたコツを実践してみたらしい。


「これは()きやすいな。なあセラ?」

「そうですね、段違いです」


 同意するセラ。画板をちら見するリュート。()(じん)も進歩が見られなかった。


「いいコツ聞きました。ありがとうございます」


 鉛筆を持つ手は震えふるふる泣きそうだったので、指摘するのはやめておいた。

 リュートは描画作業に戻ろうと、自分の画板に目を落とし――それをはねのけ立ち上がった。


「テスター、大丈夫だから手は出すな」


 先んじてテスターを(けん)(せい)し、茂った草むらから飛び出す。()(けん)を発動させてつり橋に足を踏み入れ、リュートは声を張り上げた。


「須藤、向こう岸で(げん)(しゅつ)だ! こっちに来いっ!」


 橋中央に座っていた明美が慌てて立ち上がり、こちらへと走ってくる。取り決め条項を覚えているのか、貴重品でない画材は即座に投げ置いて。

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