表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第8章 終焉の守護騎士
350/389

1.怨嗟胎動⑤ ゆっくりと空を泳いでいた。

◇ ◇ ◇


 彼方(かなた)まで続く空に、いわし雲が広がっている。小さな雲の群れは(みな)一様に同じ方向を目指し、ゆっくりと空を泳いでいた。

 一方、地上の自然公園を行く生徒たちには統一された目的地はなく、方々好きな場所へと散開していく。複数人で連れ立っていく者たち。()きたいものが決め打ちなのか、ひとりでずかずか歩いていく者。どこに行くか、仲良く相談する男女……などなど。

 最終的に散開地点に取り残されたのは、セラ・リュート・テスターの3人だった。


「好きなものを()けって言われてもなー」


 画材一式を小脇に抱えて、テスターがぽりぽりと頭をかく。


「こういう時はなにを()くもんなんだ?」

「俺に聞くなよ」


 同じく画材を抱えて、困った顔で答える兄。実際、聞かれても困るだろう。

 今日は(たすき)()高校の行事、(しゅう)(らく)(さい)――スポーツと芸術に親しむ1週間――の一環である、遠足を兼ねた写生会の日だった。クラスごとに、公園などの自然がある場所に行き、思い思いの風景を(えが)く。セラたち1組の写生場所は、県指定の自然公園だった。


「なにを()くかは決まってなくても、どこで()くかは悩むまでもないでしょう?」


 普段なかなかお目にかかれない、一面に広がる緑の(じゅう)(たん)に足をうずめながら、セラはある一点を指さした。男女――銀貨と明美が肩を並べて、仲良さそうに歩いている。


「確かにそうか。んじゃ、見失わないうちに俺らも行こうぜ」

「あんまあからさまに近づくなよ。怒られんのは俺なんだから」

「ほんと助かってるよリュート様」

「お前そのスタンス、ほんといつかぶん殴んぞ」


 軽口をたたいて歩きだすふたりを、セラは複雑な思いで見つめていた。


(よかった、いつものお兄ちゃんに戻って……)


 箱庭世界に戻ってきてからのリュートは、明らかに様子がおかしかった。

 女神を宿した明美をあからさまに()け、登下校の同行もテスターに代わってもらっていた。今までの兄は女神になにか思うことがあったとしても、それと明美を切り離して行動していたのに。

 不審に思ったセラは、テスターと共にリュートを問いただした。

 彼が語った精錬世界の真実には……ひどく怒りをかき立てられた。ひどい話だし、許しがたい話だと思った。どこまで腐っているのかと女神をいっそう軽蔑した。


 しかし(しん)(ぼく)は、そんな女神の(ちゅう)(じつ)(しもべ)だ。つまりは自分も腐ったもののひとつかと思うと、怒りを感じることすら手前勝手でおこがましいように思えてくる。感情の波に乱されているリュートに対して、かけられる言葉も浮かばなかった。

 だから最近になってリュートの様子が落ち着いてきたこと。それ自体には、セラは胸をなで下ろしていた。


 ただ――時折リュートが見せる、()(そう)な表情が気にかかっていた。女神への怒りとは別に、なにかに打ちのめされたような顔……もしかしたら兄は、再現された精錬世界の中で、自分たちには話せないようななにかを見たのかもしれない。

 そしてそれはセラとテスターが見た、リュートそっくりの男となにか関係があるのかもしれない。聞けば答えてくれたのかもしれないが……


 あの男の、全てを無価値なものと見るような、冷めきった顔。どう転んでも前向きな話題にはつながらない。もし兄があの男について知らないのであれば、余計な心痛を増やすような()()はしたくなかった。

 気のせいなのか、最近は顔色も悪いように見える。


(話してくれたら、少なくとも一緒に悩めるのに)


 口を引き結んでリュートの後ろ姿を見ていると、彼が足は()めぬまま振り向いた。


「セラ、置いてくぞ」


 いつもの調子で呼びかけてくる。兄は内に秘めたものを隠し、日常に戻ろうとしている。

 だったらこちらも合わせるしかない。


「待ってくださいよ、リュート様ー!」


 それは自分でもわざとらしいほどに、猫をかぶった『良い子』の声だった。

 しかしそれで構わない。

 底抜けに明るい声で少しでも場が明るくなるのなら、いくらでも猫かぶりしてやろう。


◇ ◇ ◇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ