1.怨嗟胎動④ 足りないなら俺をやる。
◇ ◇ ◇
「あ、リュー君!」
「起きてたのか」
布団をはねのけベッドから出ようとするアスラを手で制し、リュートは室内へと入っていった。
「気分はどうだ?」
「絶好調だよー♪ だって昨日に続けて、リュー君が今日も来てくれたんだもんっ」
答えるアスラは確かに元気そうではあった。
(でも……だったらなぜ、彼女はここから出ようとしない?)
いつも、休むのが罪だといわんばかりに動き回っているアスラ。そんな彼女が、今はおとなしく狭い部屋にこもっている。
リュートはベッド脇に立ち、アスラの華奢な身体を見つめた。
「アスラ」
「んー?」
「本当は、物足りないんじゃないか?」
途端――アスラの顔が凍りつく。
「もし神気を欲してるのなら――」
「そんなことない!」
たたきつけるような否定に、リュートの言葉はのみ込まれた。
「だってあたしは、リュー君たちを傷つけたりしないものっ!」
必死の形相でアスラが叫ぶ。
それは怒鳴り声に近かったが、なにかにおびえているようでもあった。
「君が悪いわけじゃない。君は放浪石との同調により、蓄えていた力の多くを消耗してしまったんだ。衰弱した身体が、埋め合わせるなにかを求めている。それだけだ」
リュートは淡々と言葉を紡ぎ、アスラの肩へと手を伸ばした。
その手が、はたき落とされる。
「離れて」
うつむいたアスラの口から、弱々しい音が漏れる。
「……そうだよ。あたし今、リュー君を欲しいって思ってる。その血がおいしそうって思っちゃう……そんなこと、あっちゃいけないのに……そう思うのを、止められないの……」
「じゃあやるよ」
「……え?」
アスラが顔を上げる。
リュートはサイドテーブルに置いてあるペン立てから、ハサミを抜き取った。刃を全開にして持ったそれで、そのまま左手の甲を切り裂く。
「リュー君っ⁉」
目を見開くアスラに、リュートは血に染まる左手を差し出した。
「足りないなら俺をやる。奪われるだけだった君は、求めたっていいはずだ」
「でも……だって……」
「好きなだけ俺を喰え」
右手でアスラを抱き寄せ、理解する。
(……ああそうか。埋め合わせたいのは俺の方か)
今ある世界を諦めることなどできず、でも彼女に対して、埋め合わせるだけのなにかはしたくて。
アスラは震える唇を、傷口へと近づけた。
「リュー君、ごめんね……」
倒錯した自己満足の沼にはまっていくことを自覚しながら、リュートは静かに目を閉じた。
◇ ◇ ◇
 




