1.怨嗟胎動③ 堂々巡りの思考
◇ ◇ ◇
くるくると。くるくると。
残像をまといながらボールペンが弧を描く。
それは全く前に進まない堂々巡りの思考を具現化しているかのようで、リュートは重たく息を吐いた。
(アスラの目が覚めたのはよかった。けど……)
特殊運動場は毎日正午から1時間、点検等のため使用が禁止される。
だから作業さえさっさと終えてしまえば、点検者は広いアスレチックを独り占めできる。今のリュートのように、障害物の壁の上に腰掛け、物思いにふけることだって可能だ。
(今日に限っては、セシルに感謝だな)
例によって例のごとく、理不尽な理由で言いつけられた点検作業。
しかしこれを理由に避けられることがあるのなら、理不尽だって大歓迎だ。
記入漏れがないか手元の点検表に目を通しながらも、頭はどこか上の空。
(……俺は知らなかった。知ろうともしなかった)
精錬世界が、命を刈り取る場だったなんて。
終わりから生まれるのではなく、女神の都合で滅ぼされ、そしてまた滅ぼされるために生まれさせられるものだったなんて。
(そのサイクルの果てに生まれた堕神が、女神を滅ぼそうとしている)
自分のための世界を創るために。己の支配欲のために。
(……本当に?)
堕神は本当に、そんな理由で女神を滅しようとしているのだろうか。
堕神が女神に向ける敵意には、もっと違う理由が潜んでいるのではないだろうか。
(あんなもの見せられたら、俺は……)
その先は考えられなかった。次元のゆがみを認知して。
「幻出っ……」
苦々しくうめき、壁から飛び降りる。足元に点検表とペンを放り置くと、リュートは対処済みの連絡を送って緋剣を抜いた。
(仕方ないんだ。あいつらは脅威だから)
具現化させた緋剣を手に、運動場の端へと駆けていく。
こちらに気づいた堕神が、攻撃本能をむき出しに襲ってくる。
(殺すわけじゃない。排除するだけだ)
堕神に向かって大きく踏み込み――
――本当に、痛みは感じないのかな。
「っ……」
動揺は大きな隙となった。
「がっ……⁉」
二の腕を爪でえぐられ、身体がはじき飛ばされる。
砂を巻き上げながら散々地面を転がり、リュートは毒づきとともに身を起こした。
「くそっ……!」
転がる際手放した緋剣の代わりにと、腰の後ろに手を伸ばす――が、予備の緋剣を発動させる前に、堕神が消えていることに気づいた。
「堕神を狩りたくないなら、俺が代わるぜ」
ついさっきまで堕神がいた場所に、緋剣を引っさげたテスターが立っている。
彼はこちらに歩いてくると、いつになく厳しいまなざしで見下ろしてきた。
「戻ってきてから、ずっとためらってるだろ。できないならはっきりそう言え。中途半端が一番困るんだ」
「……大丈夫だ」
立ち上がり、強く言葉を返す。
しかし、テスターの目を正面から見返すことはできなかった。
「地球人がいなくて、ちょっと気が緩んでただけだ。次は大丈夫」
逃げるように背を向け、リュートは歩きだした。緋剣を拾い上げ、点検表の回収のためアスレチックを振り返ると。
「…………」
距離を置いてこちらに視線を注いでいる、黒髪の少女と目が合った。
この距離からでは感情が読み取れない。だからどちらなのかも分からない。
「…………」
リュートは顔を背け、完全に少女に背を向けた。
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