1.怨嗟胎動② 自分だけを見てくれている。
◇ ◇ ◇
温かい。
熱を感じたわけではない。ただ漠然と伝わってくる、包み込まれているような感覚に、温かいと素朴に思った。
目を開けると、包み込んでくれているのはお日様の光だった。
(目が覚めるって、こんな感じなんだ……)
今まで意識が途切れるという経験がなかったから、とても新鮮に感じる。
窓から差し込む光を見ながら、アスラは身を起こした。
この場所は見覚えがある。
正確には、自分が一時期宿らせてもらっていた少女から受け継いだ知識・記憶だが。とにもかくにもここは、世界守衛機関本部棟にある第1医務室――それも絶対安静用の個室――だった。どうやら自分は、そこのベッドに寝かされていたらしい。
(あれは……夢、だったのかな?)
夢だったのか、夢のような出来事だったのか。全く判断がつかない。
ただどちらにせよ確実なのは、言い様のないほど、苦しくて切ない気持ちにさせられたことだ。
自分の大部分を形成する堕神の魂は、恐らく元をたどればパルメリアへと行き着く。もっと遡ることもできるのだろうが、感情まで近しいのは彼女だろう。
あの世界からはじき出されて見られなかった結末も、想像がつく気がした……いや、覚えているような気がした。
だけどそのことについて考えるだけで、胸が締めつけられるように苦しい。
(……お布団、ちゃんと使うの初めて)
せっかくだから、もう少しベッドに横たわっていようか。
そう思った時、医務室の扉が開いた。入ってきたのは黒髪の少年だ。最後に顔を見た時よりも、ひどく憔悴しているように見える。
少年は煮詰まったように、片手で髪をかき回し――
「アスラっ⁉」
半身を起こしているこちらに気づくと、慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫か⁉ 長いこと目を覚まさないから、俺心配でっ……」
その目に宿る真摯な感情に、アスラはこそばゆくなり、
「大丈夫だよぅ」
と笑い返した。
「よかった……」
少年――リュートはいったん安堵の表情を浮かべたものの、すぐに思い詰めた顔へと戻った。
「……ごめん」
「リュー君?」
「俺、なんにも分かってなくて……もっと自分で考えるべきだった」
顔をゆがめてうつむくリュート。
彼がなにを考えているのかは、なんとなく分かった。
だけどそれは誰が悪いとか、そういう問題ではないのだ。
たぶんもっと根深いなにかが――
「リュー君は悪くないよ。というよりもあたしだって、あたしのことよく分かってないし」
冗談交じりに自虐し、アスラは部屋を見渡した。
「ここにいるってことは……戻ってきたんだよね? あたし、どのくらい眠ってたの?」
「1週間だ」
「ってことは、もうすぐ夏休み終わっちゃうのかぁ」
あの世界での滞在時間も踏まえると、そういうことになる。
「みんなで花火やるつもりだったんだけどなあ……プールにも行きたかったし。あと少しの間にできるかな?」
アスラが予定を立て直そうとしていると、リュートが言いにくそうに訂正してきた。
「いやそれが……どうも向こうとこことじゃ、時間の流れが違ってたらしい」
「どういうこと?」
「今日は9月12日なんだ」
「……そっか、もう新学期始まっちゃったんだね」
帰って来られただけで御の字なのだろうが、それでもやはり残念だった。
「やり逃したことは、これから少しずつでも埋め合わせていけばいいさ」
リュートがフォローするように付け加える。
「そうだね」
アスラは笑い――ぐらりと傾きかけた景色に、はっと目を開く。
「どうしたっ?」
リュートがすぐさまこちらの肩をつかみ、案ずるように顔をのぞき込んできた。
「ん。ちょっと急に起きて疲れちゃったみたい。少し眠るね」
「眠い、のか?」
「うん。不思議だよね、今までそんな感覚なかったのに。でも寝られるってことは、リュー君たちと同じ生活リズムになるってことで、悪くないよね」
アスラは笑って横になり、もぞもぞと布団に身を埋めた。
顔だけを出して、ねだるようにリュートを見る。
「……寝つくまで、そばにいてくれる?」
頭にぽんと手を置かれ、優しくなでられた。
「ああ、ちゃんといる。そばにいるから、安心して眠りな」
普段リュートがアスラの相手をする時は、地球人の目などなにかに気を取られていることが多かった。
そのリュートが今、自分だけを見てくれている。
それがうれしくて、アスラは大きな充足感とともに目を閉じた。
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