1.怨嗟胎動① きっと全ては彼に集約されているのだ。
◇ ◇ ◇
一安心だ。
しかしなにかがおかしい。
渦巻くふたつの感情をうまく処理できず、銀貨は窓際の彼へと視線を注いだ。
まだ登校のピークには少し早いため、教室内は数えるほどしか人がいなかった。
その中で、守護騎士の制服を着た黒髪の少年――龍登は頰杖を突いて、前方の黒板を眺めていた。というよりかは、虚空を見つめていた。
いつもの龍登なら、朝のショートホームルームまでの時間を利用して、なにかしらの勉強をしているところだ。なのに数週間ぶりに見た彼は思い詰めた顔で、なにをするでもなく時を消費している。
それがおかしいことのひとつ。
ふたつめの違和感は、役割が代わっていることだ。
通常時の朝の役割はこうだ。
龍登の仲間であるテスターが早朝に登校し、襷野高校での幻出に対処する。龍登の方は、やはり訓練校の仲間である瀬良と共に、通常時間帯に登校する。そしてその時はいつも、クラスメートの須藤明美がそばにいた。
なんでも明美は鬼がひどく苦手らしく、頼まれて一緒に登校しているらしい。正直最初はいろいろ――どちらかがどちらかを好きだとか、もっと進んで付き合っているとか――疑ったが、特に浮ついたものも感じられないので、その点に関しては気にしないことにしていた。
閑話休題。
それが今日に限っては、テスターが瀬良・明美と登校してきて、龍登が早朝の番を担っていたようだった。銀貨は教室で彼らが顔を合わせるのを目撃したが、龍登は最低限の挨拶だけを投げて、即座に顔をそらしてしまった。
……そしてなにより奇妙なのは。
先週――新学期明けてからの1週間を、龍登・テスター・瀬良の全員が欠席したことだ。理由はインフルエンザだという。
無論、それらの違和感ひとつひとつに理由を見つけることはできる。
勉強をする気分ではなかった、単に当番を交替した、運悪く3人一緒にインフルエンザにかかった……などなど。
しかし重なり合う違和感は、すべてがひとつにつながっている気がした。
……そう。きっと全ては彼に集約されているのだ。
銀貨は諦めずに注視し続けた。彼がこちらを振り向いてさえくれれば、きっとそれをきっかけに万事元通りになるのだ。
(じゃあなんで話しかけに行かないんだよ)
今まで散々人に謝罪を求めておきながら、自分はあの日のことを彼に謝ることもできないのか。
(ほんと口だけの意気地なしだな!)
己を罵倒することでなんとか勢いづけ、銀貨はがたりと立ち上がった。
人の少ない教室だ。移動するだけで注意を引いてしまうが、銀貨は開き直って歩いた。むしろテスターや瀬良の耳にも届くなら、自分の謝意も伝えやすくなる。
「龍登君」
名を呼び、彼の目の前に立つ。
龍登の反応は目に見えて鈍かった。こちらを見上げる彼の双眸に疲れを感じ取り、出直そうかとも思った。
しかしこういったことはタイミングが命だ。始めてしまった以上は最後まで続けなければならない。
「アタラクシアでのことだけど――」
「悪い」
間髪容れずに遮られる。
「勝手やった上に、置いてっちまったよな。本当にすまなかった」
「あ、いや。僕の方こそ――」
「気をつけるよ。『そんなつもりじゃなかった』は言い訳にならない。どんな結果になるか、考えて行動しないといけないよな」
意図したわけではないのだろうが、龍登は銀貨の謝罪を見事なまでに封じ込めた。あまりに深刻そうな物言いに、
「う、うん……?」
と戸惑っているうちに、龍登は頰杖を突いたまま、窓へと顔をそらした。
なまじ触れた上で終わった話題になってしまったため、蒸し返して謝るのもはばかられる。
そうこうするうちに、登校のピークで生徒も集まりだす。
結局――なにひとつとして違和感を払拭できないまま、銀貨は朝のショートホームルームを迎えた。
◇ ◇ ◇