Postlude
◇ ◇ ◇
砂塵舞う空は、怖いくらいに幻想的で。
きらめく星は、泣きたいほどにきれいで。
ちっぽけな自分は、叫びたいほどにふがいなくて。
だけどいつかは、地に足付けて自由を知りたくて――
それらは自らの内から湧き上がった想いなのか、はたまた別の誰かの想いなのか……
刹那的に交錯する感情が落ち着きを取り戻すと、リュートは自覚とともに目を開けた。
視界に入ったのは星空。しかしそれは人工的なものだった。
(ここは……星空の天井……屋内……星躔ドーム……?)
まばたきを重ねて理解に達すると、リュートはガバと身を起こした。
(帰ってきたのかっ⁉)
反応が遅れた分を取り戻すように、慌てて左右を見る。目に入った光景は以前と少し変化があったものの、確かに星躔ドーム内の、あの一室だった。部屋中央には放浪石もある。
安堵すると同時、苦い後ろめたさを感じる。
――ここまで来て逃げ出すのかよ……覚悟もない腰抜けどもが!
違う、逃げたわけではない。結果として退場してしまっただけだ。
(……無事戻ってこれたことにほっとしておいて、言えることでもねえか……)
そう思い直してから気づく。
「アスラ……?」
当然一緒に戻ってきたと思い込んでいたが、よくよく見れば彼女の姿がない。
一気に血の気が引く。
「アスラ……アスラどこだ⁉」
リュートは立ち上がって、焦燥とともに室内を見回した。すると放浪石を挟んだ向こう側に、少女の脚があるのが見えた。
「アスラっ!」
駆け寄り、床に倒れている少女を抱き起こす。
アスラは目を閉じ、意識を失っているようだった。
リュートの知る限りでは、彼女は眠らない。なのに今は意識がない。それがことさらに不安をあおった。
「なんなんだよ畜生!」
毒づき、拳で床を打つ。
(とにかく訓練校に戻って――)
アスラを抱え上げようとした時、通路の向こうから足音がした。
重い足音と、軽い足音の2種。前者は靴底が硬い分だけ大きく反響しているし、後者は音自体は小さいにもかかわらず、主張をためらわない強さがある。両者共に聞き覚えがあった。
アスラのことを思ったら、すぐにでも助けを求めに行くべきだ。
しかしリュートは、どうしてもその場から動く気になれなかった。あいつの顔を見たくなくて。
やがて足音の主は部屋に到着し、
「騒々しいと思ったら、やはり貴様か」
腹立たしいまでに、いつも通り見下してきた。
「っ……」
リュートはギリッと歯をきしませ、そちらは見ないようにして顔を上げた。剛健さ漂う男と目が合う。
「遅れて帰ってくるとは、いいご身分だなイカ墨小僧」
恐らくは女神の護衛なのだろうグレイガンが、ぞんざいな口調で言ってきた。
その言葉がもつ含みに、リュートは腰を浮かせた。
「セラとテスター、帰ってきてるんですか⁉」
「とっくに戻ってきて、治療と報告書の作成まで終わってる――心配すんな。致命傷は負ってねえ」
「……そうですか。ありがとうございます」
致命傷は、というのが気になったが、ひとまずはほっとし息をつく。
少なくともセラとテスターについては、心配する必要がなくなった。
(となるとますます、アスラをなんとかしてやんねえとっ……)
思った時、目の前に人影が回り込んできた。
「まったく。貴様のいけ好かない妹たちは、1週間も前に戻ってきたというのに……貴様らは一体どこでサボっていた? 危うく映画を見逃すところだったぞ」
女神がずいと、右手を突き出してくる。その手には映画のチケットが2枚握られていた。
「散々待たされ待ちくたびれた。さっさと観に行くぞ」
眼前に突きつけられたチケットをリュートは――ぱしっとはたきのけた。
「それどころじゃねえ。アスラが目を覚まさねえんだ。今まで意識を失ったことなんてなかったのに」
顔を背け、アスラを抱えて立ち上がる。不敬な態度をとがめようとしたのか、拳を握ったグレイガンと目が合った。
リュートは軽く頭を下げ、それでも女神への態度は崩さなかった。
「映画はひとりで行けばいい。そもそも女神様と俺とじゃ格が違い過ぎる。分はわきまえるべきだろ」
歩きだそうとしたその肩を、後ろからつかまれる。
「どうした? なにをそんなに怒っている?」
心底疑問に思っている声。ただただそれがいら立たしい。
リュートは肩越しに女神をにらみつけた。
「お前は自分が強大な力を得るためだけに、精錬世界を滅ぼし続けてきたのか? あいつを――神僕を使って、延々と命を刈り取ってきたのか?」
女神は一度察したような顔をしてから、すぐに眉をひそめた。
リュートがなにについて怒っているのか分かっても、なぜ怒ってるのかは理解できないらしい。
(そうだろうよ、こいつは)
リュートは繰り返した。
「生きてるやつら丸ごと世界を滅ぼしたのか? 何度も何度も」
「そうだ。必要だったからな」
今度は即答する女神。
では自分は、どんな言葉を返すべきか。
「……なにを言ったって今更意味がない。しかも俺たちは、ずっとこっち側で生きてきた。お前を責められる道理もない」
むなしく認めて、それでもリュートは嫌悪を示した。
「だけど今は……お前の顔も見たくねえ」
吐き捨て、歩きだす。
一方的に放棄した会話を、誰もつなぎはしなかった。
《第7章》月影の哀悼歌――了