表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
345/389

Postlude

◇ ◇ ◇


 ()(じん)舞う空は、怖いくらいに幻想的で。

 きらめく星は、泣きたいほどにきれいで。

 ちっぽけな自分は、叫びたいほどにふがいなくて。

 だけどいつかは、地に足付けて自由を知りたくて――

 それらは自らの内から湧き上がった(おも)いなのか、はたまた別の誰かの(おも)いなのか……

 刹那的に交錯する感情が落ち着きを取り戻すと、リュートは自覚とともに目を()けた。

 視界に入ったのは星空。しかしそれは人工的なものだった。


(ここは……星空の天井……屋内……(せい)(てん)ドーム……?)


 まばたきを重ねて理解に達すると、リュートはガバと身を起こした。


(帰ってきたのかっ⁉)


 反応が遅れた分を取り戻すように、慌てて左右を見る。目に入った光景は以前と少し変化があったものの、確かに(せい)(てん)ドーム内の、あの一室だった。部屋中央には(ほう)(ろう)(せき)もある。

 (あん)()すると同時、苦い後ろめたさを感じる。

 ――ここまで来て逃げ出すのかよ……覚悟もない腰抜けどもが!

 違う、逃げたわけではない。結果として退場してしまっただけだ。


(……無事戻ってこれたことにほっとしておいて、言えることでもねえか……)


 そう思い直してから気づく。


「アスラ……?」


 当然一緒に戻ってきたと思い込んでいたが、よくよく見れば彼女の姿がない。

 一気に血の気が引く。


「アスラ……アスラどこだ⁉」


 リュートは立ち上がって、焦燥とともに室内を見回した。すると(ほう)(ろう)(せき)を挟んだ向こう側に、少女の脚があるのが見えた。


「アスラっ!」


 駆け寄り、床に倒れている少女を抱き起こす。

 アスラは目を閉じ、意識を失っているようだった。

 リュートの知る限りでは、彼女は眠らない。なのに今は意識がない。それがことさらに不安をあおった。


「なんなんだよ畜生!」


 毒づき、拳で床を打つ。


(とにかく訓練校に戻って――)


 アスラを抱え上げようとした時、通路の向こうから足音がした。

 重い足音と、軽い足音の2種。前者は靴底が硬い分だけ大きく反響しているし、後者は音自体は小さいにもかかわらず、主張をためらわない強さがある。両者共に聞き覚えがあった。

 アスラのことを思ったら、すぐにでも助けを求めに行くべきだ。

 しかしリュートは、どうしてもその場から動く気になれなかった。()()()の顔を見たくなくて。

 やがて足音の(ぬし)は部屋に到着し、


「騒々しいと思ったら、やはり貴様か」


 腹立たしいまでに、いつも通り見下してきた。


「っ……」


 リュートはギリッと歯をきしませ、そちらは見ないようにして顔を上げた。剛健さ漂う男と目が合う。


「遅れて帰ってくるとは、いいご身分だなイカ墨小僧」


 恐らくは女神の護衛なのだろうグレイガンが、ぞんざいな口調で言ってきた。

 その言葉がもつ含みに、リュートは腰を浮かせた。


「セラとテスター、帰ってきてるんですか⁉」

「とっくに戻ってきて、治療と報告書の作成まで終わってる――心配すんな。致命傷は負ってねえ」

「……そうですか。ありがとうございます」


 致命傷()、というのが気になったが、ひとまずはほっとし息をつく。

 少なくともセラとテスターについては、心配する必要がなくなった。


(となるとますます、アスラをなんとかしてやんねえとっ……)


 思った時、目の前に人影が回り込んできた。


「まったく。貴様のいけ好かない妹たちは、1週間も前に戻ってきたというのに……貴様らは一体どこでサボっていた? 危うく映画を見逃すところだったぞ」


 女神がずいと、右手を突き出してくる。その手には映画のチケットが2枚握られていた。


「散々待たされ待ちくたびれた。さっさと()に行くぞ」


 眼前に突きつけられたチケットをリュートは――ぱしっとはたきのけた。


「それどころじゃねえ。アスラが目を覚まさねえんだ。今まで意識を失ったことなんてなかったのに」


 顔を背け、アスラを抱えて立ち上がる。不敬な態度をとがめようとしたのか、拳を握ったグレイガンと目が合った。

 リュートは軽く頭を下げ、それでも女神への態度は崩さなかった。


「映画はひとりで行けばいい。そもそも女神様と俺とじゃ格が違い過ぎる。分はわきまえるべきだろ」


 歩きだそうとしたその肩を、後ろからつかまれる。


「どうした? なにをそんなに怒っている?」


 心底疑問に思っている声。ただただそれがいら立たしい。

 リュートは肩越しに女神をにらみつけた。


「お前は自分が強大な力を得るためだけに、精錬世界を滅ぼし続けてきたのか? あいつを――(しん)(ぼく)を使って、延々と命を刈り取ってきたのか?」


 女神は一度察したような顔をしてから、すぐに眉をひそめた。

 リュートがなにについて怒っているのか分かっても、なぜ怒ってるのかは理解できないらしい。


(そうだろうよ、こいつは)


 リュートは繰り返した。


「生きてるやつら丸ごと世界を滅ぼしたのか? 何度も何度も」

「そうだ。必要だったからな」


 今度は即答する女神。

 では自分は、どんな言葉を返すべきか。


「……なにを言ったって今更意味がない。しかも俺たちは、ずっとこっち側で生きてきた。お前を責められる道理もない」


 むなしく認めて、それでもリュートは嫌悪を示した。


「だけど今は……お前の顔も見たくねえ」


 吐き捨て、歩きだす。

 一方的に放棄した会話を、誰もつなぎはしなかった。






《第7章》月影の哀悼歌――了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ