4.終極のリベリオン⑫ それだけでよかったんだ。
◇ ◇ ◇
「くそ! なんなんだあいつらは!」
自分でも訳の分からない感情に支配され、ギルティークは吐き捨てた。
同じ神僕――女の方は知らないが、少なくとも女神の配下にあるであろう少年少女。
なのにどうして、ああも自由に見えるのか。
笑うのも、怒るのも。逃げるのも。
自分とはまるで違っている。
(嫉妬しているのか、俺は……!)
馬鹿馬鹿しい。
(よく考えろ。邪魔者がいなくなったんだから、むしろ俺には都合がいい)
呼吸を整えて、自らを落ち着かせる。
「ギル君……」
悲しげな声が前方から届いた。
いつの間にかうつむけていた顔を上げると、パルメリアがこちらに歩いてきていた。
「あたしはね、別にこの世界が好きなわけじゃないんだ。だってこの世界は、あたしに優しくなかったから」
知っている。全てを見ていたから。
「だったらいいじゃないか。こんな世界壊れたって」
至極当然に言うと、彼女は苦笑した。そして近づいてくる。先ほどまでは詰められなかった距離も縮めて。一歩一歩、確実に。
「……でもね、歌えなくなるのは悲しい。ギル君と明日を迎えられないのは、もっと悲しい……あたしはギル君と一緒にいたい。一緒にご飯食べて、歌って、たわいない話して。それだけでよかったんだ」
とうとう目と鼻の先にまで来たパルメリアが、きゅっと抱きついてくる。
「……パルメリア」
「あたしは、ギル君と明日を生きたいよ」
ともすれば泣きだしそうなか細い声に、ギルティークが返したのは。
「それは無理だ」
淡々とした否定の言葉。
「そっか」
身体を離してパルメリアが笑う。なにかを受け入れたような、覚悟したような声で。
「じゃあ……今度逢ったら、一緒に歌ってね」
その笑顔が曇ることのないように。
ギルティークは、一瞬で彼女の魂を刈り取った。
刈り取られた魂が首の砂時計に吸い込まれ、パルメリアの身体が力を失う。ギルティークは今更になって彼女を抱き締めた。
上空の砂はどんどん周囲に積もっていく。いずれは世界を覆うだろう。
耳を澄ませば、悲鳴が聞こえてくる。世界の終わりに惑い、恐怖する人々の悲鳴が。
人里離れた場所で《反転》すれば聞かなくて済むだろうと思っていたが、結局は耳に届いた。
(あとは世界を混ぜ戻して、女神に魂を届けるだけだ)
ギルティークは、首の砂時計を握りしめた。この死に逝く世界を脱して、早く女神に届けなければならない。
「……いつものことじゃないか」
それは、飽きるほど繰り返してきた死と生の循環。未来永劫ともいえる永い時をかけて、これからも続いていくサイクル。
だけども自分の時は止まったままで。
「…………」
首飾りをむしり取り、握った拳に力を込める。再び開いた時には、中にあるはずの砂時計は消えていた。次元を超え、じき女神の元へと届くだろう。
「なにやってんだろうなぁ、俺……」
パルメリアを抱きかかえたまま、地面に座り込む。
ざぁっと肩口に落ちてきた砂を見て苦笑し、ギルティークは天を仰いだ。
ギルティークを中心に展開されていた円錐ドームの障壁。そのそこかしこに穴が空き、砂の雨が降り始めていた。
砂の海に世界がのまれていく。赤い光に照らされた砂の粒は、紋様を描くように優美に流れていく。
ギルティークは髪に降りかかる砂を払うこともなく、ただ砂が身体を覆い隠していくのに任せた。
下を向くと、優しかったパルメリアの顔。今は目を閉じ、ギルティークを見ることもない。
少女は終わる。世界が終わる。
世界丸ごと自分も終わる。
それでいい。
(……だけど)
彼女の頭をそっとなでて、語りかける。
「いいぜパルメリア。もし本当に、また巡り逢うことがあったなら――」
一緒に歌を、歌おうな。
◇ ◇ ◇