4.終極のリベリオン⑪ 他に意味などありはしない。
◇ ◇ ◇
赤い、紅い、朱い。
全てが赤く染まっていく。
「リュー君、空が……」
アスラの言葉に顔を上げると、赤い空がきらめいていた。なにか光る粒のようなものが、はるか上空の一点から放射状に流れ落ちてきている。この辺り一帯を避けるように。まるで側面が反り返った、円錐ドームの中にいるみたいだ。
空から落ちてくる砂。それらに覆い尽くされた時、世界は終わるのだろう。砂時計が時を刻み終えるように。
目の前に広がる終末はあまりにも問答無用で、残酷だった。
「なんなんだよ、お前……なにやってんだよっ……」
わななく身体を止められなかった。
「ギルティーク! お前は女神の命令で、一体いくつの世界を滅ぼしてきた⁉」
「そんなの覚えてるわけないだろう? 覚えていたら気が狂う」
ギルティークは笑った。それは自暴自棄に近い、狂的な笑みだった。狂った自分を見ているようだった。
「……ギル君はそれでいいの?」
ギルティークに向かって、パルメリアが足を踏み出す。止めようとするリュートを彼女は目で制し、さらに歩を進めた。
彼はパルメリアを襲いはしなかった。今は、まだ。
「みんなを殺して、世界を壊して。それはギル君のやりたいことなの?」
「俺の意思は関係ない。それが俺の役割だ」
射ぬくようなまなざしにも、パルメリアはひるまない。
「……ねえギル君。ギル君は、なんのために生きてるの?」
「役割を果たすためだ。他に意味などありはしない。あんたやこの世界が、精錬のためだけに在るのと同じだ」
「それは生まれた意味だよ」
立ち止まったパルメリアが、優しく詠うように言葉をつづる。
「ギル君がどんな人生を歩んできたかなんて、あたしには分からない……だけど。たとえ生まれた意味が、どうしようもなく、勝手に決めつけられたものだったとしても。生きていく意味は、自分で見つけなきゃ」
「そんな言葉遊び、それこそ意味がないね」
「パルちゃん逃げて!」
ギルティークが右手を掲げ、アスラが叫ぶ。リュートはパルメリアを連れ戻そうと飛び出した。
ギルティークがなにかをするより、リュートがパルメリアの腕をつかむよりも早く。
飛来した矢がギルティークの左肩に突き刺さった。
「っ⁉」
リュートは惑いながらも、パルメリアの腕をつかんで後退した。剣を抜き、パルメリアとアスラをかばうようにしてギルティークを見据える。
当のギルティークは、つまらないものを見るようなまなざしで矢を見下ろした後、掲げていた右手を下ろして無造作に矢を引き抜いた。どくどくと血が流れ出ても、彼の目は変わらない。
その間にも幾本もの矢がギルティークに飛来していたが、皆一様に、見えない障壁に阻まれはじかれていた。
「邪悪な術を使う、黒い悪魔め!」
罵り声とともに、男たちが飛び出してくる。
彼らはリュートらとギルティークとの間に入り込むと、ギルティークに向かっておのおのの武器を構えた。弓矢に剣、ナイフ。中にはクワなどの農具を掲げる者もいた。
「なんだお前たちは?」
役者がそろっているはずの舞台に紛れ込んできた、不確定要素。その正体を確認するためだけといった様子で、ギルティークが問いかける。
一団の先頭に立つ男が、剣を天に突き上げ声高に叫ぶ。
「我が名はカーク! 貴様が女神の従僕というのなら、ゼリアの民は真実の臣下だっ!」
自らの弁に熱狂するその声には、聞き覚えがあった。街で言葉を交わしたゼリアの民だ。もしかしたら、後を尾けられていたのかもしれない。
「貴様を殺せば世界は救われる! 今こそゼリアの民が、世界のために命を差し出す時!」
「だったら黙って見てろよ。すぐに差し出させてやるから。それが世界の――女神様のためだ」
「なにが神か!」
距離を置いた後方から見ても、カークが激昂しているのは明らかだった。
「私もかつては女神を信仰していた。なればこそ真実を知った時、どれほど打ちのめされたことか……神が我らを殺すなど! どうしてそんな非道な真似ができるのか⁉ そんな邪悪な存在――我らは神とは認めないっ!」
「めんどくせえな」
ギルティークが吐き捨て、同時にゼリアの一団が方々にはじけ飛ぶ。
「ギル君!」
「心配すんな」
非難の声を上げるパルメリアに、さらりと答えるギルティーク。
「俺が直接殺したら混ぜ戻せなくなるからな。邪魔できないとこまで吹っ飛ばしただけだ。もっとも、墜落の衝撃で死ぬ可能性までは否定できねえけど――」
冷たく笑ったギルティークの顔が、一転して引き締まる。
「お前ら、それは一体なんの真似だっ? 逃げる気か⁉」
「あ? お前こそなに言っ――」
「リュー君!」
切羽詰まったアスラの声に振り向けば、受信不良のモニターのように乱れたアスラの姿。己の手とこちらとを交互に見る彼女にはっとさせられ、リュートは自身を見下ろした。剣柄を握る手や構えた脚が、アスラ同様ぶれている。
「これ、ここに来た時と同じっ……」
「な……よりによって今なのか⁉」
悲鳴を上げる。確かに帰りたいとは思っていたが、このタイミングでは寝覚めが悪過ぎる。さらにいえば、どこか別の次元に移動するだけの可能性もあり、帰れるという保証もない。
目をむくパルメリアとギルティークに交互に視線を走らせ、リュートは毒づいた。
「くそっ……」
「ここまで来て逃げ出すのかよ……覚悟もない腰抜けどもが!」
ギルティークがリュートたちを罵る。興を削がれただとか、軽蔑したとかではない。彼は嫉妬に狂ったような顔をしていた。
リュートは反論しようと口を開いた。
「違――」
そこで意識が断絶した。
◇ ◇ ◇




