4.終極のリベリオン⑨ なんら成長していない。
◇ ◇ ◇
夜の林道を、紫と赤の月が照らす。
それはとても幻想的で美しい光景であったが、悠長に楽しんでいる間などリュートにはなかった。
「リュー君、そんなに急いで大丈夫? 晩ご飯も食べてないでしょ?」
「パルメリアの安全を確認してからだ」
早足を緩めぬままリュートは答えた。
山賊たちによる、報復の可能性。
警邏隊員が言っていたのはもしもの可能性だ。
しかし現実的な可能性だ。もっと悪いことに山賊たちは、リュートとアスラをギルティークとパルメリアだと誤解していた。もし報復をするなら、彼らにということになる。安否確認と警告が必要だった。
(それにあいつにも……確かめたいことがある)
確かめた結果、聞いたことを後悔するかもしれない。それでも知りたいことがあった。
「ごめんね、あたしが言いつけを守らなかったから……」
アスラが隣を歩きながら、しゅんと肩を落とす。
「いや、君は悪くない。俺が一方的に自分の都合を押しつけ過ぎた」
警邏隊員と別れた後。パルメリアの家へ向かうため、慌てて戻った宿の部屋にはアスラがいなかった。待機に飽きて散策に出かけたらしい彼女を見つけ出すのに手間取り、結局こんな時間帯になってしまった。
「でも……」
「正直自分のことでいっぱいいっぱいだった。君の都合とすり合わせながら行動すべきだったんだ。アスラが無事で本当によかった」
心の底から吐露する。
アスラの行方が知れないとなった時は、尋常じゃなく肝が冷えた。それこそ山賊の報復かと思ったのだ。
だから彼女を見つけた時はほっとしたし、だからこそパルメリア(と一応もう1名)の無事は早急に確認したかった。
「くそ、こんなに遠かったかっ……?」
気持ちに進行が追いつかない。
乱暴な足取りで進むリュートを見かねたのか、アスラがしおらしくしながらも、明るい声を出した。
「大丈夫だよリュー君。ギル君強いオーラ全開だったし、山賊なんかに負けないよ」
彼女からあふれ出るギルティークへの信頼感に、リュートは――自分勝手だし矛盾しているとは自覚しつつも――むっと口角を下げた。
「でもうれしいなっ。またパルちゃんとギル君に会えるんだ。もっとお話ししたいと思ってたんだよね♪」
「パルメリアはともかく、あいつは会って楽しいもんでもないだろ」
「そんなことないよ。常に殺気立ってるところを除けば楽しいし、リュー君だってきっと仲良くできるよ」
「一番除いちゃいけないとこ除いたな」
アスラと言葉を交わすうち、リュートも少し緊張がほぐれてきた。歩調は崩さないものの、幾分楽観的な気持ちで進むようになった時――
前方から、ガサッと茂みをかき分けなにかが飛び出してくる。リュートは剣の柄を握り、アスラの前へと踏み出した。
正体は武装した男だった。状況や装備の類似点を見るに、山賊の仲間だろう。となればこちらは問答無用で攻撃対象となっているはずだ。
しかしリュートが剣を抜くよりも早く、その男はこちらを見るなり悲鳴を上げた。
「――ひっ⁉ みっ……見逃してくれえぇぇぇ!」
そのまま気の毒に思うほどこけつまろびつしながら、あさっての方に逃げていった。
「なんだ……?」
疑問を追究する前に、それは鼻孔をくすぐった。
風に混じる、かすかな血の臭い。
「っ……!」
走りだす。山賊がやってきた――逃げてきた方向に。
「えっ? わ、待ってよリュー君!」
慌てて付いてくるアスラの声を背に、茂みの中へと分け入る。小枝をはねのけ、雑草を踏み分け進んでいく。
その可能性もあったのだ。
「くそっ……」
あまりに迂闊。
今の自分にこれ以上の言葉はない。
(本当に俺は、なんて馬鹿なんだ!)
なんら成長していない。感情に任せて動くたびに後悔しておきながら、なおも同じ後悔を重ねていく。
のけ損ねた枝が浅く頰を裂き、赤い血が染み出る。しかしそんなわずかな血など、この空気の中では存在していないも同じだった。
開けた場所に出ると、よどんだなにかが場を支配していた。
「なにこれ……」
アスラが隣で、かすれた声を出す。
昨日リュートがつくった惨状の比ではない。
辺りに充満する血の臭いは、死の臭いだ。ホースで乱暴に水やりした後のように、下草がべっとり濡れている。まかれたのは大量の血液。
だというのに、それに見合った器がない。方々に欠片らしきものは見受けられるが、血液量に相当するだけのものがない。
(これじゃあまるで、四散したみたいじゃねーか……)
拳を口に当て、吐き気に顔をしかめていると。
「――そういうことか。身に覚えのないことまでぐだぐだ言ってくるから、変だとは思ったんだ」
前方にある大木が作り出している陰。そこからすっと、ひとりの男が姿を現した。
リュートは静かに問いかける。
「お前がやったのか?」
「こいつらは俺と誰かさんが行ったことへの報復として、俺とパルメリアをなぶり殺しに来たんだ。まさか文句は言わないよな?」
どれだけ不快に感じようと、言い返せないのは事実だった。
それができるのは、恐らくこの場でただひとりだけ。
「駄目だよギル君」
横手からかかる、切なげな声。
かき分けられる草木の音で、近づいてきているのは分かっていた。当然ギルティークも同様だろう。現に彼は会話の続きでもするように、パルメリアを説き伏せようとした。
「このクズ共は、あんたを殺す気だったんだぜ」
「それでも駄目だよ……もしあたしを助けるためだったなら、余計に駄目だよ」
ギルティークとパルメリア。ふたりの距離はさほど離れていない。だけど彼らは互いに近づこうとしない。
「殺してしまえば変わっちゃう。どんなひどいことをされても、その一線は越えちゃ駄目。この人たちがかわいそうだとか、いい子ぶりたいわけじゃない……ただ、あたしが嫌なんだ。そんなんじゃ、あたしは笑顔で明日を迎えられない。だから……駄目だよ」
「パルちゃん……」
パルメリアはリュートとアスラが見えていないかのように、ギルティークだけを見つめる。血に染まった大地にふらふらと揺れるように立ち、祈るように手を組んだ。
――光が、あふれた。
◇ ◇ ◇