4.終極のリベリオン⑧ 歌の音が聞こえないと少し物足りない。
◇ ◇ ◇
静寂に満ちた夜というものに、取り立てて思うことはなかった。
最近は、歌の音が聞こえないと少し物足りない。
今夜もそれを期待している……というわけではないが、つまらない邪魔が入るのも癪に障る。
「この辺りだな?」
「へ、へい。たぶん……」
必要以上に草花を踏み潰し、男たちが足を止める。
夜の草原に、十数人の男たち。その顔立ちや物騒ないでたちから見ても、まさか夜の散歩というわけでもあるまい。
「副頭……いや、頭。本当にやるんですかい?」
「当たり前だ、ここまでされて引き下がれるかよ」
この場で一番力をもつと思われる男が、手にした斧を振るう。殺傷に特化した形状の斧だ。
「畜生、あいつら絶対に許さ――」
「理解できないな。獲物なんて他にもいるのに」
単調に言葉を発する。聞かす必要もないので、さして大きな声ではなかった。が、
「だ、誰だ⁉」
その場にいたほとんどの者に聞こえたらしく、彼らが慌てて辺りを見回し始める。
ギルティークはその場に立ち上がり、今度は聞かせるように口を開いた。
「つまらない意地を張って、もし死んだらどうするつもりだ?」
男たちがこちらを見上げる。
「なっ……お前、いつからそこに……!」
「さっきまではいなかったぞ⁉」
実際、男たちの目にはそう映っていたに違いない。
こちらから認識させるまで、存在に気づかない。そういう類いの術だ。神子の監視以外で利用するのは初めてだったが。
ギルティークは大木の枝を蹴り、山賊たちの前に降り立った。
「俺としてはこれくらいの命、混ぜ戻せなくても支障はないけど。お前たちにとっては一応、かけがえのない大切な命なんだろう? ならもっと守る努力をしろよ」
言っていることの半分も、彼らには伝わらなかっただろう。
男は完全な挑発と受け取ったらしく、顔をゆがめた。
「お頭は警邏隊行き。仲間の大半は山賊として再起不能……こんななめた真似されて、黙ってられるわけねえだろ!」
「?」
ギルティークは眉をひそめた。男の言う『なめた真似』に、全く心当たりがない。
しかし怒りに支配された男は、ギルティークの疑念に気づかなかったようだ。怒悦入り交じる複雑な表情で聞いてくる。
「へへ……お前、魔殺士って知ってるか?」
「金で動く、殺し屋の魔法使いのことだろ。それも一流の」
答えさせることで恐怖をあおりたかったのだろう。ギルティークが眉一本動かさず即答したことに、男は不快感を覚えたようだった。
が、すぐに気を取り直し、
「好き放題してくれたみてえだが、昨日のやつとは比べものにならねえぞ」
右隣に立つ、ローブ姿の男を親指で指した。
「てめえも女も散々なぶってから殺してやる! 絶望の中で死ぬんだなっ!」
「浅知恵もいいとこだな」
言葉と同時、はじけた果実のようにその身を爆ぜさせたのは、ローブ姿の男――ではなく、頭を挟んで反対側に立っていた、一見山賊の手下にしか見えない小男だった。
「なっ……」
顎が外れたのかと思うほどに、頭が大きく口を開ける。ゆがんだ顔は驚愕と、むせ返るような臭い――そして光景によるものだろう。真横から血の雨を浴びたため、頭の右半身は真っ赤に染まっていた。
あまりにも幼稚な策、いや策というのもおこがましいままごとに、口元がゆがむのを抑えきれない。
「そんなあからさまに魔法使い然としたやつを魔殺士だと紹介されて、馬鹿正直に信じると本気で思ったのか?」
「な……なんなんだその力は⁉ いくらなんでも強過ぎるだろ! それになぜこいつが魔殺士だとっ……」
「さあな。魔殺士特有の根暗オーラでも染み出てたんじゃないか?」
うそぶくギルティーク。力をもつかどうかなど一目瞭然だ。
「そうそう。お前が発したひとつめの質問だが」
たった一撃で逃げ腰になった山賊たちを見回し、告げる。
「まさか強過ぎるから不公平だなんて思ってないよな? 善人を傷つけて不公平を地でいくお前らなら、どんな理不尽だって覚悟してるもんな?」
言い終えぬうちに、ローブ姿の男が爆ぜる。左右満遍なく血に染まった頭が、悲鳴を嚙み殺した。
ギルティークを包囲していた円が、さらに一回り大きくなる。皆、ギルティークが使う正体不明の力におびえていた。
無意味な恐怖だ。この力に、種も仕掛けも正体もなにもない。認識さえできれば、どんな命だって魂ごと握り潰せる。それだけだ。
(潰してしまった魂は、混ぜ戻せないのが難点だけどな)
ギルティークは見せつけるように右手を掲げた。力を使うのに所作など不要だが、多少は魔法使いらしさを演じてやってもいいだろう。それで彼らが浮かばれるとも思わないが。
癇癪を起こしたように頭がわめく。
「あんなのは魔法じゃねえ! 化け物――化け物だ! 悪魔だっ!」
「好き勝手言ってろよ。代わりに俺も好きにやる」
ギルティークは嗤って、掲げた右手を頭に向けた。
「絶望して死ね」
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