4.終極のリベリオン⑥ 誰が始めた嘘なのか。
リュートは構わず続けた。
「女神の配下がどうとか言っていたようだが……その表情を見る限り、あんたらは女神への敬意をもたないらしいな」
言うと男は、かっと目をむいた。
「我々は中央政府の甘言に惑わされる、愚かな民衆とは違うのだ!」
「というと?」
「女神は万能な慈悲の神などではない!」
男が顔を朱に染めて、棍棒を横に振るう。
「あれは戯れに命を弄び、気まぐれに心を踏みにじる傲慢な悪神だ!」
「それについては否定できないっつーか、俺も全力で同意したいとこだけど」
リュートは苦笑いし、問いを重ねた。
「取りあえず、あんたがそう思う根拠はなんなんだ?」
「我らゼリアの民は、真実に選ばれし民。かつて大魔法使いと呼ばれた者の予言を、代々語り継いできた。その予言は未来視であり、世界の歴史をひもとく言葉でもあったのだ。ゼリアの民は女神の真実を知らしめようと、必死に各地で説いて回った。啓蒙されて真実に目覚め、民の一員となった者もいる。私もそのひとりだ。しかし……」
拳を握りしめ、ギリギリと歯を鳴らす男。
「多くの者はその真実を、戯言だと一笑に付すだけだ。そんなことではまた、世界は終わってしまうだろう」
「世界が終わる?」
「世界は女神によって創られ、女神に見守られている。それは正しい見解であると同時に、大きな間違いなのだ」
この男は常に、語る機会を探しているのだろう。いつの間にかこちらを警戒することも忘れ、熱の入った説教師のごとくまくし立てる。
「女神は世界を創っては滅ぼし、命を生み出してはもぎ取っていく。己の力を増幅させるという、ただそれだけのために!」
男が話しているのは、精錬世界のサイクルのことだろう。
(だけど、どういうことだ?)
リュートが教えとして聞かされてきたのは、寿命により滅びた世界を女神が創り直し、終焉と創世のサイクルを繰り返していたこと。そしてその過程で世界の住人を、女神に近しい、より高次な存在へと転化させてきたこと。
終焉を迎える前の世界を自ら滅ぼしていた――それも力の増幅などという、くだらない理由で滅ぼしていたなど、聞いたことがない。
(しょせんはこの世界の中で生まれた予言だ。間違っていたってなんらおかしくはない)
……それとも。
予言が正しくて、女神自らが世界を滅ぼしていたのか……?
女神への信仰を疑っても、女神の過去の行為を疑ったことはなかった。それは次元を超えた世界の歴史で、真実で、根幹だった。
どうしてそれが正しいと思っていたのか。誰が始めた嘘なのか。
(……いや、今は話を進めよう)
揺らぐ基盤を強引に立て戻し、リュートはさらなる疑問をぶつけた。
「で、なんで俺が女神の配下だと?」
「予言でうたわれる一節には、こうある。漆黒の髪に、闇を映し出す瞳。その男、女神の忠実な僕なり。外界より舞い降りた黒き悪魔は慈悲もなく、ただ冷徹に世界を滅する」
「……それだけ?」
黒髪黒目というだけで悪魔認定されればたまったものではないが、男はそこに彼なりの信憑性を感じ取っているらしい。至って大真面目な顔で続ける。
「お前の連れは、聞き慣れぬ言葉で歌っていた。それに見たところ、お前はこの世界の内情にうとい」
「……俺が女神の配下でないことは、証明できない。あんたがそうでないのを証明できないのと同じようにな」
「そんなの――」
「俺は予言には無関係だ。ただの旅人で、人を捜している。ここに来たのはあんたが俺を見てたから、なにか知ってるんじゃないかと思ったからだ。捜しているのは金髪の少女と橙髪の少年。異国語を話せ、俺と同じような格好をしている可能性が高い。見たことあるか?」
中断される前にと一気に詰め込んで言い切ってから、反応をうかがう。
男はなおも疑わしげに、こちらをじっと見つめるが――やがてゆっくりと首を横に振った。
「そうか、邪魔して悪かった」
男が伝承だの言い出した時から予想はできていた答えなので、リュートは特に食い下がりもせずきびすを返した。一応背後を警戒するのは忘れなかったが、男にはもう攻撃の意思はないようだった。
外に出る直前、リュートは顔だけを振り返らせた。
「俺。あんたの気持ち、少し分かるぜ」
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