4.終極のリベリオン⑤ 恐れ、蔑み、忌避している。
◇ ◇ ◇
男の後を尾けるのは簡単だった。この世界の多数派と思われる金髪に対し、男の髪色はすさんだような赤銅色。顔に紋様もあるため非常に目立つ。
なんとなくの気がかりにアスラを巻き込むのも気が引けたので、彼女には宿で待機してもらうことにし、リュートひとりが男の後を追っていた。
尾行に気づかれないよう注意しながら、男から距離を取って付いていく。
そして男に注視している中で、リュートは気づいた。
(あの男も、パルメリアと同じか)
魔法使い云々の話ではない。
視線だ。
男とすれ違う人々が、男に向ける視線。
恐れ、蔑み、忌避している。
こういった視線は、箱庭世界で生きている神僕には日常茶飯事だ。当たり前過ぎて、そういう空気の中にいても受け流すのが、リュートの中で常態化していた。
だから気づかなかった。リュート以外の者に向けられている、負の視線に。
(あれはあいつ単体への感情か? それとも……)
通行人は、男の顔に反応しているようだった。それがもし紋様への反応なら、それに関わるコミュニティーが忌避されていることになる。
当の男は、視線も意に介さずに進んでいく。
大通りを抜けた小さな通りの、さらに奥――路地裏のような細道に、男は入っていった。
人通りが極端に少なくなってきたので、リュートはよりいっそう注意して足を進めた。
太陽の光も遮断される、じめじめとした裏通り。男は迷いない足取りで、石造りの小さな建物へと姿を消した。
扉が閉まったことを遠目に確認すると、リュートは建物に近づいた。
入り口の上の石壁に、ナイフが張りつけにされている。
(どこかの民族か、なんらかの思想を掲げる集団の――集会所か礼拝堂か……ただ単に、寂れた武器屋ってこともあるかもな)
リュートは逡巡の後、意を決して扉に手を添えた。
ノックはせずに扉を開く。
小さい規模の粗雑な造りではあるが、やはりここは、礼拝堂のような場所らしい。複数の長椅子や、奥には教壇らしきものが確認できた。
そして入り口から少し進んだところに、先ほどの赤毛の男が立っていた。長椅子から棍棒――各背もたれの裏に、なぜだか取りつけられている――を取り外しながら、こちらを振り向いた。
「ピックか? 急ぎ相談したいことが――」
勘違いに気づいたらしく、男が目を見開く。
「お前っ……⁉」
一瞬の硬直後、男は棍棒を手に、こちらへと躍りかかってきた。
「待て! 俺はそういうつもりじゃっ……」
慌てて緋剣を抜き、棍棒を受け止める。
げぎんっと、剣身に亀裂が入らないか心配になるほどの音を立て、棍棒が止まる。
「お前……女神の配下か⁉」
じりじりと顔を寄せながら、男。
リュートは圧し負けないよう、緋剣を握る手に力を込めた。
「落ち着けよ! 俺はあんたを、傷つけに来たわけじゃ……ない!」
バッと緋剣を振り切り、そのまま両手を上げる。
男はこちらの言葉を信じたわけではないだろうが、ひとまずは攻撃をとどまることにしたらしい。はじかれた棍棒を構え直すと、リュートから距離を取った。
半ばおびえ、半ば憎しみともいえる視線を受け止めながら、リュートは口を開いた。
「俺はリュートだ。あんたの名は?」
「…………」
男は答えない。さすがに名を明かす気はないということか。




