4.終極のリベリオン④ 幸運のお裾分け♪
◇ ◇ ◇
今日は太陽が雲間に隠れ、快晴とはほど遠い。
しかしそんなこと、あの少女は気にしない。曇天だろうと嵐だろうと大雪だろうと、なんらかの楽しさを見つけ出す。
「ギルくーん! ほらほら、リピシア見つけたよっ! 幸運を呼ぶ花! これ珍しいんだよ!」
パルメリアが花を掲げ、ギルティークの元へと走ってくる。
彼女の家近くにある、小さな草原。パルメリアは花を摘みに、度々この場所を訪れる。
肌寒いこの季節。色鮮やかな花は少ないが、代わりに落ち着いた色合いの草花が、地面を埋め尽くしている。
「はい、あげるね」
薄紫色の花を手渡してくるパルメリア。ギルティークは当然断った。
「いらない」
「遠慮しないでっ。幸運のお裾分け♪」
マントの結び目に、強引に花をねじ入れられる。
「幸運の押し売り……」
「いーじゃん幸運なんて、見つけ次第まき散らそうよ♪」
パルメリアは軽やかな足取りでステップを踏むと、草の絨毯に身を投げ出した。
「今日は青空じゃないけど、空気は最高においしいねー♪」
そして目を閉じ、あおむけのまま歌いだす。
ギルティークは無言でパルメリアのそばまで来ると、彼女の横に座り込んだ。
(こいつはなんで、いつもこんなに楽しそうなんだ)
神子は世界で最初に昇華する存在のため、特別な力や、その可能性を秘めていることが多い。それ故に民衆に崇め奉られることもあれば、冷遇や、時には迫害を受けることもある。
生まれた時から監視していたが、この少女も、決して幸せとはいえない生い立ちだ。なのに少女は笑顔を見せる。こんな神子は初めてだった。
パルメリアの顔をじっと見ていると、閉じていた目がぱっと開いた。見つめていたことを悟られないよう、慌てて目をそらす。
パルメリアが、にかっと笑って、
「ねえねえ、ギル君も歌おうよー」
「俺はいい」
ギルティークが断る。いつものやり取りだ。ただ……
「なあ」
「んー?」
今日はいつもと違って、ギルティークは一歩踏み込んだ。
「あんたはなんで、そんなに楽しそうなんだ?」
「ギル君は、なんでそんなにつまらなそうなの?」
間を置かずに問い返され、言葉に詰まる。
「……別に。特に楽しくないから」
「本当に? 今も楽しくない? あたしってつまらない?」
上半身を起こし、少し不安げに聞いてくるパルメリア。
「そこまでは言ってない」
ギルティークは反射的に否定し、胸中で自分を罵った。
(なんで言い訳なんかしてるんだ、俺は)
「ただ……どんなに楽しんだって、その先がないなら意味がない。期待しない方が楽なこともある」
そう、この世界は無意味だ。誰がどのように生きようと《反転》の時が来たら、問答無用で砂へと還る。そして自分は力を吸収し、女神へと届ける。女神は新たな世界を創り、転化の極値を気長に待つ。
無意味な世界を無意味に混ぜ戻し、無意味な自分が無意味に生き続ける。
「期待しなければ、失望することもない」
「よく分からないけど……先がないなら、なおさら今を楽しまなきゃって、あたしは思うけどなぁ」
地面をにらみつけるギルティークを気遣っているのか、パルメリアが言葉を選ぶようにして続ける。
「あたしは今この瞬間。ギル君といるこの一瞬一瞬が、楽しいって思ってるよ」
「そうか……」
ギルティークは口をつぐんだ。
パルメリアもつられて押し黙るが、やがて耐えきれなくなったのか、
「もーギル君ってば、そんな重く考えることないよ! 幸運の花だって見つけたんだし、これから楽しいことばっか迷惑なほど土足でどかどかやってきて、そんなこと考える余裕もなくなるよっ」
バシバシと背中をたたいてくる。
「幸運の花ねえ……」
ギルティークは首元の花を指で挟み取り、突如気づいたように指摘した。
「これ、リピシアじゃなくてネピシアだぜ。猛毒の」
「ええっ⁉」
千人殺しの異名をもつ花だと指摘され、パルメリアが血相を変えて花へと詰め寄る。
「そんなはずないよ、ネピシアは花弁が赤いもの! これは薄紫……」
言いかけて、はっとしたようにこちらを向くパルメリア。ギルティークは素知らぬふうでそっぽを向いた。
「ひっどいギル君っ! だました!」
「だましてない。最初は本当にそう思ったんだ」
「嘘! だって笑ってるもの!」
「笑ってない」
ギルティークはパルメリアの追及を適当にかわしながら、草原隅にある大木に目をやった。この世界では、女神の恵みを意味する名前が与えられている。
「絶対笑ってる!」
「絶対笑ってない」
掃いて捨てるほどの瞬間を生きてきた自分が、今更無意味でない瞬間を見つけ出せるのか。
(今この瞬間だけは、楽しんでいいのだろうか)
答えが降ってくることを期待したわけではない。女神は役割を与えるだけで、こちらの問いには答えない。女神が僕の求めに応じることなど、あるはずがない。
女神は今日も応えてくれない。
◇ ◇ ◇




