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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第7章 月影の哀悼歌
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4.終極のリベリオン④ 幸運のお裾分け♪

◇ ◇ ◇


 今日は太陽が雲間に隠れ、快晴とはほど遠い。

 しかしそんなこと、あの少女は気にしない。曇天だろうと嵐だろうと大雪だろうと、なんらかの楽しさを見つけ出す。


「ギルくーん! ほらほら、リピシア見つけたよっ! 幸運を呼ぶ花! これ珍しいんだよ!」


 パルメリアが花を掲げ、ギルティークの元へと走ってくる。

 彼女の家近くにある、小さな草原。パルメリアは花を()みに、度々この場所を訪れる。

 肌寒いこの季節。色鮮やかな花は少ないが、代わりに落ち着いた色合いの草花が、地面を埋め尽くしている。


「はい、あげるね」


 薄紫色の花を手渡してくるパルメリア。ギルティークは当然断った。


「いらない」

「遠慮しないでっ。幸運のお裾分け♪」


 マントの結び目に、強引に花をねじ入れられる。


「幸運の押し売り……」

「いーじゃん幸運なんて、見つけ次第まき散らそうよ♪」


 パルメリアは軽やかな足取りでステップを踏むと、草の(じゅう)(たん)に身を投げ出した。


「今日は青空じゃないけど、空気は最高においしいねー♪」


 そして目を閉じ、あおむけのまま歌いだす。

 ギルティークは無言でパルメリアのそばまで来ると、彼女の横に座り込んだ。


(こいつはなんで、いつもこんなに楽しそうなんだ)


 ()()は世界で最初に昇華する存在のため、特別な力や、その可能性を秘めていることが多い。それ故に民衆に(あが)(たてまつ)られることもあれば、冷遇や、時には迫害を受けることもある。

 生まれた時から監視していたが、この少女も、決して幸せとはいえない生い立ちだ。なのに少女は笑顔を見せる。こんな()()は初めてだった。

 パルメリアの顔をじっと見ていると、閉じていた目がぱっと(ひら)いた。見つめていたことを悟られないよう、慌てて目をそらす。

 パルメリアが、にかっと笑って、


「ねえねえ、ギル君も歌おうよー」

「俺はいい」


 ギルティークが断る。いつものやり取りだ。ただ……


「なあ」

「んー?」


 今日はいつもと違って、ギルティークは一歩踏み込んだ。


「あんたはなんで、そんなに楽しそうなんだ?」

「ギル君は、なんでそんなにつまらなそうなの?」


 間を置かずに問い返され、言葉に詰まる。


「……別に。特に楽しくないから」

「本当に? 今も楽しくない? あたしってつまらない?」


 上半身を起こし、少し不安げに聞いてくるパルメリア。


「そこまでは言ってない」


 ギルティークは反射的に否定し、胸中で自分を罵った。


(なんで言い訳なんかしてるんだ、俺は)

「ただ……どんなに楽しんだって、その先がないなら意味がない。期待しない方が楽なこともある」


 そう、この世界は無意味だ。誰がどのように生きようと《反転》の時が来たら、問答無用で砂へと(かえ)る。そして自分は力を吸収し、女神へと届ける。女神は新たな世界を創り、転化の極値を気長に待つ。

 無意味な世界を無意味に混ぜ戻し、無意味な自分が無意味に生き続ける。


「期待しなければ、失望することもない」

「よく分からないけど……先がないなら、なおさら今を楽しまなきゃって、あたしは思うけどなぁ」


 地面をにらみつけるギルティークを気遣っているのか、パルメリアが言葉を選ぶようにして続ける。


「あたしは今この瞬間。ギル君といるこの一瞬一瞬が、楽しいって思ってるよ」

「そうか……」


 ギルティークは口をつぐんだ。

 パルメリアもつられて押し黙るが、やがて耐えきれなくなったのか、


「もーギル君ってば、そんな重く考えることないよ! 幸運の花だって見つけたんだし、これから楽しいことばっか迷惑なほど土足でどかどかやってきて、そんなこと考える余裕もなくなるよっ」


 バシバシと背中をたたいてくる。


「幸運の花ねえ……」


 ギルティークは首元の花を指で挟み取り、突如気づいたように指摘した。


「これ、リピシアじゃなくてネピシアだぜ。猛毒の」

「ええっ⁉」


 千人殺しの異名をもつ花だと指摘され、パルメリアが血相を変えて花へと詰め寄る。


「そんなはずないよ、ネピシアは花弁が赤いもの! これは薄紫……」


 言いかけて、はっとしたようにこちらを向くパルメリア。ギルティークは素知らぬふうでそっぽを向いた。


「ひっどいギル君っ! だました!」

「だましてない。最初は本当にそう思ったんだ」

(うそ)! だって笑ってるもの!」

「笑ってない」


 ギルティークはパルメリアの追及を適当にかわしながら、草原隅にある大木に目をやった。この世界では、女神の恵みを意味する名前が与えられている。


「絶対笑ってる!」

「絶対笑ってない」


 掃いて捨てるほどの瞬間を生きてきた自分が、今更無意味でない瞬間を見つけ出せるのか。


(今この瞬間だけは、楽しんでいいのだろうか)


 答えが降ってくることを期待したわけではない。女神は役割を与えるだけで、こちらの問いには答えない。女神が(しもべ)の求めに応じることなど、あるはずがない。

 女神は今日も応えてくれない。


◇ ◇ ◇

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